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病理医は臨床医の「知恵袋」。その役割や病理診断が、医療の発展につながります。

京都大学名誉教授 滋賀県立成人病センター総長真鍋 俊明さん

現在のお仕事、専門分野について教えてください。

写真:沖野 孝さん1

私の専門分野は病理学です。病理学とは病気の原因や、病気がどのように起こってくるかを明らかにする学問で、その研究手段の中心は長い間、肉眼による観察でした。その後顕微鏡による組織観察に移ってきたのですが、それは、ドイツのウイルヒョウという人が、病気が起こっている身体の中の臓器・組織、つまり病巣を顕微鏡を使って調べ、そこで起こっている現象をみて、病気を起こす原因や病気発生のメカニズムを推測し、また明らかにした上、それぞれの現象や病気に名前をつけていったことに端を発しています。同時に、これらから推測されたことが正しいかどうかを実験的に調べることも行われてきました。
ところが、現代の病理学はそこから大きく変わってきています。顕微鏡を使って病気が起こっている場所(病巣)を直接調べ名前を付けていったということは、病巣部を採って顕微鏡で調べれば病気の状態(病態)や病気の診断ができるということにもなります。そこで、こういった裏技としての学問も発達していき、臨床の現場で病理組織による診断を行う「外科病理学」や「診断病理学」と呼ばれる分野が確立しました。少し前までは、病理学を実験病理学と診断病理学に分ける傾向がありましたが、最近では、いわゆる実験病理学は医師でも医師でない人でも病理学的研究が行えますし、研究手段も分子生物学的手法などいろいろ複雑な(基礎学問的)手法が多く用いられ、顕微鏡をみて診断すること以外の証明方法が使われるようになってきました。私が今まで専攻してきたのは、この中の「診断病理学」です。この分野は、法律的にも、医学的にも医師でないと出来ない仕事です。

病理医は、医療の中でどんな役割を担っているのですか。

病理検査を行って、その組織像から診断を付ける行為を病理診断と言います。これは、患者さんの身体にある病巣部から採取した組織や細胞を顕微鏡学的に調べて"診断"名を付けたり、この病気ではやがてこのような状態になるといった"予後"を予想したり、治療法を決定したりなどの重要な情報を得る行為です。そして、その結果を主治医に知らせ、医療に反映してもらうことになります。病理診断は、病巣部を直接みて診断しますので、正確な診断、つまり確定診断となるのです。また、治療が行われるとその治療効果も顕微鏡学的に判定することもできます。
医療には専門性があり、誰でもがこのような診断ができるかというとそうではありません。病気の時の組織の反応の仕方やその意味を熟知した病理医と呼ばれる医師が、臨床を知った上で、当該患者の組織をみて的確に判断することによって初めて診断が行えるのです。病理医は、時に患者さんの容態や病巣の状態を見に行くことはありますが、患者さんに直接接することがほとんどありませんので、一般の人は、主治医の先生がこの確定診断を付けていると思われるかも知れません。しかし実際には病理医が確定診断となる組織診断を下しているのです。また、不幸にして亡くなられた患者さんがおられれば、ご遺族の同意を得て解剖を行い、どんな病気だったのか、どのようにして病気が進行し亡くなられたのか、治療法は正しかったのかなどを調べ、正しい人口動態資料としたり、病気の本体、治療法の正否などを検証します。これも特別の資格を持った病理医にしかできない仕事です。このようなことから、アメリカでは病理医のことを"Doctor's doctor(医師のための医師)"と呼んでいます。つまり、臨床医の知恵袋として、豊富な知識やいろいろな方面の経験を臨床医に伝え、患者の治療に反映してもらう役割を果しています。

がんの診療に対して病理医はどんな役割を果たしていますか。

写真:沖野 孝さん2

病理医の中にも実験病理学的な研究を行う人もいますが、多くは今まで提出された標本を多数集め、いろいろ分析を加え、病理組織診断基準を作ったり、病態把握を再検証したり、予後の判定や治療効果の見方などを検討する臨床病理学的な研究を主に行っています。
がん診療においては

  1. 確定診断を下す
  2. 予後の推測を行う
  3. 治療法の選択に関与する
  4. 治療効果を判定する
  5. 病理解剖においては診断の正否、治療法選択の正否を含め、なされた医療の検証を行い、正しい人口動態資料を提供するとともに、病気の本質を知る手がかりを得る

といったことに関与しています。

真鍋先生は、どのような思いで病理医になられたのですか。

私は、もともと内科医を志しており、大学卒業後、内科を約半年研修した後、アメリカで内科、外科、救急のローテーティングインターンシップを1年1ヶ月行いました。その間、いろいろながんの患者さんにも接し、ご本人や家族の悩みにも接しました。その一つに、「早く正確な診断を付けて、治療に踏み切って欲しい。診断までの不安な時間を出来る限り短くして欲しい」という声がありました。検査結果が返ってくるまで、毎日「結果はまだです」と伝えなければならない後ろめたさをも感じていました。こうした経験から、医療の本質は癒しであると気づきました。患者さんの傍に立ち、患者さんの気持ち、家族の気持ちを癒すことです。勿論これは医師だけではできません。しかし、医師もチームケアの一員として、重要な役割を果すのは事実です。
インターンの研修中には病理医がいろいろなカンファレンスで臨床医やインターン・レジデントを教えていました。私は、インターン終了後、内科のレジデント研修のために他の病院へ移る予定でしたが、その病院から席が取れないのでもう一年待って欲しいとの連絡を頂いた時に、それではこの間に病理を勉強すればより良い内科医になれるのではないかと思い、素晴らしい病理医がいたこともあって、その病院でしばらく病理診断学を専攻しました。この勉強をすると、病変を肉眼的にみたり、顕微鏡学的にみたりすることによって病態が実によく分かります。自分がお世話した患者さんが亡くなられ、解剖する経験もしましたが、あの時分からないと思っていたがこうだったのかと"目からうろこ"でした。 科学者は『病気』を治療するが、医師は『患者』を治療するという言葉があります。病理医には、病気を直接みて治療法を探るとともに患者を診て治療や医療を確認するという科学者と医師の両面を併せ持った仕事を、臨床という現場で行う責務があります。治療には、先ほど述べた癒しの気持ちを持って接することが大切です。患者をみて、そして病気そのものをみてどうすればよいかの指針を病巣の組織像から汲み出し、直接の主治医に伝える。病理医が与えることのできる『癒し』、それは正確な診断と病態の解釈から得られる情報を、如何に早く的確に伝えるかということに他なりません。病理解剖を行い、直接的、間接的に亡くなられた方の内部臓器からみた闘病の記録と臨床像との照合をご遺族に伝えることも、ご遺族にとっての『癒し』となるようです。病理組織診断は、総合・統合の学問であり、あらゆることを知り、理解し、それを判断する能力を身につけなければなりません。それができていると、診断に要する時間は非常に短くて済み、病態、病状の理解が深まるものです。こういった魅力に取りつかれ、結局、その後4年の病理研修を受け、内科医となるつもりが病理専門医となりました。

がん研究の進歩とともに、病理医の担う役割は大きくなってきているのでしょうか。

写真:滋賀県立成人病センター

分子生物学的、遺伝子学的な学問の進歩から、がんが遺伝子の病気であり、細胞内シグナル伝達経路の病気であることが分かってきました。そのため、がんの治療も最近は随分と変わってきました。例えば、抗がん剤にしても、がん細胞を殺す薬剤の多くは正常な細胞をも傷害し殺すために、負担の大きなものであり、耐性のために再発率も高い傾向がありました。最近は、その患者さんの持つがん細胞の性格を知り、それに適した治療方法が多く用いられるようになってきています。その人のがんの性格は、採取され診断に供された組織片から知ることができます。病理医は特別な手法によってそれを知り、その情報を臨床医に提供するという重要な仕事を担うようにもなってきました。
現在の我が国には、残念ながら、上記のような病理専門医は多くありません。これから高齢化社会を迎え、病気の多くががんと認知症となり、しかも一人の人が複数のがんに罹患するだろうと予想されています。これを2025年問題といいますが、これに対応できる「正しいがんの病理診断」を下せる病理専門医の数は圧倒的に足りません。がん診療連携病院でも、常勤の病理医がいない病院や、いても一人といったところが多くあります。病理医はあらゆる臓器に関連した病気やその時の組織変化に長じています。しかし、現代の医学は専門性が高く、より深い知識が要求されるようになっていますので、医学の進歩に追いつくためには病理医の学習とその努力が要求されます。そのため、あらゆる臓器分野の病理診断を担う病理医には作業的にも精神的にも負担がかかっているという現状があります。

そのような現状の中で、よりよい診断がなされるように、どのような体制を整備されているのですか。

私は病理検査、病理診断を取り巻く現在の環境をみて、病理医が行う作業があまりにも多く、そのために肝心の診断するという行為、学習するという行為に割ける時間が削減されている、他の病理医に相談したくとも直ぐに相談できるような環境がないことに気付きました。そこで、一つの病院の病理診断科に多くの病理医を雇用することができないのであれば、仮想的に病理医が集められる環境が整備できないかと考え、その実現を図ったのが情報コミュニケーション技術ICTを使って構成した滋賀県全県型遠隔病理診断ネットワーク、通称「さざなみ病理ネット」です。このシステムを使えば、病理医の作業量は30%程度減少することができ、病理医のいない他の病院の病理診断を支援したり、病理医同士の診断支援を行うことができます。そうすれば、病理医に早く正確な診断が下せる安心できる環境をつくることができ、例えば手術中にがんの確認や切除範囲を決める術中迅速診断が病理医のいない病院ででき、安心、安全な医療が提供できるようになります。

県民のみなさんへのメッセージをお願いします。

病理診断というものがあること、病理診断が確定診断になることをまず知って頂きたいです。そして、病院の評価には、病理医が常駐するかどうか、いない場合でも病理診断を大切にしているか、手術中の病理診断ができる体制にあるか、臨床と病理のカンファレンスが頻繁に行われているか、病理解剖が行われ臨床病理学的検討会が催されているかも大切な指標とされていることをご理解頂きたいですね。その上で、ご自身が生検や切除術を受けた時には、病理医が診断したのかを確認して頂きたいと思います。
例えば、実話として小説になっていますがホクロひとつにしても、病理診断がなされないまま切除し、数年後に再発し悪性黒色腫であることが分かったけれども時すでに遅く、転移で亡くなられた症例を時に経験します。がんの手術を受ける場合は、必要なら切除断端の確認などについて術中迅速診断をしていただく様にしてください。病理診断について知りたい場合は、どうか病理医を訪ね説明してもらってください。
「臨床医を育てるのは病理医である。一方、病理医を育てるのも臨床医である」という言葉がありますが、医師を育てるのに患者さんも大きな貢献をしているのだということも知っておいていただきたいと思います。

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