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更新日:2026年9月25日
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滋賀の文化財講座「花湖さんの打出のコヅチ」参加者総数1万人達成!!
●1万人達成記念回

●ノベルティグッズ
平成20年から始まった滋賀の文化財講座が、9月16日に開催された今年の第5回講座において、参加者総数が1万人を達成した。通算123回目にしての達成となった今回の講座には、約170名が参加した。また、記念回としてイベントが開催され、ノベルティグッズの配布や、新琵琶湖文化館の「ボランティア活動紹介・アイディア募集ブース」が設置された。
琵琶湖文化館の恩地館長は挨拶で、これまでの感謝を伝え、今後も文化財を通じて人と地域をつなぐ活動を大切にしながら、令和9年12月に開館予定の新琵琶湖文化館について滋賀の文化の拠点となるように取り組んでいきたいと述べた。
第5回講座「木の仏像のヒミツ」

令和8年度滋賀の文化財講座「花湖さんの打出のコヅチ」第5回となるこの日は「木の仏像のヒミツ」をテーマに、琵琶湖文化館の和澄浩介氏が講演し、大津市の「コラボしが21」やサテライト会場に集まった受講者は熱心に聴講した。
本講座では、日本で造られた仏像はなぜ木で造られるのか、何の木で造られるのか、そんな木の仏像のヒミツをひもとく講座となった。
仏像はなぜ木で造られたのか
滋賀県にある国宝・重要文化財の彫刻は379件あり、素材別では木造が367件と全体の97%を占める。これは、日本全国見渡しても変わらず、いかに仏像が木で造られていたかが分かる。
ちなみに、木以外は土や乾漆、金属制の仏像だという。
※乾漆とは、ペースト状の漆を盛り上げて仏像を造る技法。
手に入れやすく、加工が簡単な『土』、強度に長けている『金属』ではなく、なぜこんなにも木造が多いのでしょうか。
それは「入手性・加工性・強度のバランスに優れている」だけでなく「日本文化において神聖な存在」と考えられているからである。
■霊木(神霊が宿るとされる神聖な木)使用の例
・吉野寺(奈良)放光仏
日本で初めて造られた仏像と言われており、大阪湾に漂流した光るクスノキから造った像
・長谷寺(奈良)十一面観音
高島の山から琵琶湖に流れ出て漂流し、各地で祟りをなしたクスノキから造った像
・大嶋神社奥津嶋神社(近江八幡)地蔵菩薩立像
あえてウロのある大木を用いた像。
※ウロとは、木材の内部にできた空洞のこと。一般的な仏像造りには使用されない。
仏像は何の木で造られたのか
仏像によく使われる木というのがあるが、実は時代によって変わっているため、それぞれの時代の樹種をひもといていく。
7世紀(飛鳥時代)は、クスノキが多く使われた。
クスノキが選ばれたのは、大木になる・強い生命力がある・芳香を放つ・日本の神様の代表格であるスサノオノミコトの体から生えたと伝わる・神の乗り物とされていた船の材料になる等の理由からであった。
8世紀から9世紀(奈良時代後期~平安時代前期)にかけては、カヤが多く使われた。
カヤが選ばれたのは、経典の注釈書『十一面神呪心経義疏(じゅういちめんしんじゅうしんきょうぎしょ)』に載る白檀の代用としての「栢木(はくぼく)」に当てられるという理由からであった。
11世紀以降は、カヤからヒノキへ転換していった。
ヒノキが多く使われた背景には、たくさん分布している・適度に柔らかく加工しやすいという利便性があった。
しかし、ヒノキは飛鳥時代の仏像の体(聖なる仏体)には用いられなかった。さらには白檀の代用であるカヤでもない。
なぜ、そんなヒノキを使用して仏像を造ったのでしょうか。
11世紀は大量の仏像の需要があった時代。その需要に応えるために、たくさん入手でき、加工のしやすいヒノキが選ばれた。一方、「聖なる仏像は聖なる木(霊木・白檀等)から造られるべき」という考えに反するヒノキは、『御衣木加持(みそぎかじ)』を行うことで、ヒノキを聖なる木に変えていたと講師は考える。
※御衣木加持(みそぎかじ)とは、材木に祈祷を行い、仏像を造るにふさわしい材とする儀式。
滋賀県にある木造の仏像(一例)
- 金剛輪寺(愛荘町)

『重要文化財 金剛輪寺 十一面観音立像』
- 誓光寺(甲賀市信楽町)
『重要文化財 誓光寺 十一面観音立像』
- 滋賀県の寺社仏閣の観光情報はこちらから
次回の講座案内
「花湖さんの打出のコヅチ」の開催は、今年度全8回。
第6回目となる講座『科学でひもとく紺紙経の美』は10月28日(水曜日)、コラボしが21を会場に琵琶湖文化館の武内里水氏が講師を務める。
- 「花湖さんの打出のコヅチ」の参加は事前申込書制
- お問い合わせ
琵琶湖文化館
電話:077-522-8179