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難聴児への対応

1.聴力と言語発達について

子どもは概ね1歳頃には簡単なことばを理解し、1歳半頃には単語を話し出します。よって1歳半健診の頃から言語発達に関するご家族の関心が高まり、ことばの遅れを心配して医療機関を訪れるようにもなります。ことばの遅れにはさまざまな原因があり、各々で対応が異なります。中には治療や教育の早期開始が望ましいものもあり、正確な診断を下した上で今後の対応を見極める必要があります。

人間が言語を獲得するための要素としては大きく分けて、入力(視覚や聴覚情報)、出力(発声のための呼吸機能など)、理解力(高次機能)、心理や環境、の4つが挙げられます。言語獲得の第一歩は音声の入力であり、乳幼児期に(少なくとも片側の)正常範囲の聴力が確保されることがまず必要です。続いて音声を模倣して表出する段階があり、十分な呼吸能力や音声、正常な構音運動(口腔内・咽頭や喉頭の筋肉の動きなど)が保たれる必要があります。音声模倣の段階を経て理解がすすみ、意味や概念を含めた“言語”を獲得していきます。

これらの条件が揃った上で、家族(保護者)と子の情動的なかかわりとやりとり、子どもの外界へのはたらきかけと動作(運動能力)の発達を土台として、子どものことばは発達していきます。即ち、子ども本人の要素と、環境の要素の両方が満たされる必要があるのです。

1歳頃には簡単なことばの理解が始まり、1歳半に始語(初語・ワンワン、ブーブーなど有意味の音声表現)、2歳前後に2語文、3歳代に簡単な会話が可能になる、というように段階を踏んで発達していきます。おおまかな目安については厚生労働省のホームページの図表もご参照ください。

2.難聴の早期発見の意義について

人間は言語を獲得して世界を理解し、発達を遂げます。上述の通り、言語獲得のための入力の第一歩は音声による聴覚情報であり、聴力の確保は全人格的発達を得るための第一歩といえます。

では、聴力検査が可能になる小学生頃に難聴を発見すればよいのか、というとそうではありません。母国語の基礎は4,5歳で形成されてしまうと言われており、言語獲得には時間的な制限があります。乳幼児期に十分な聴覚情報が入らないまま成長すると、その後に聴力を補っても、音声言語の認知や表出が極めて困難になることがわかっています。

さらに、聴力の補償や聴覚訓練(療育)を可能な限り早期に開始するほど、言語能力の発達が得られることも研究で示されています。療育開始が2歳代と0歳代で比較した場合でも、0歳代で開始した子どもの方が、小学校就学時の言語能力が明らかに勝っていました。

以上より、全人格的な発達を最終目標として、できるだけ早期に難聴を発見する必要があるのです。

米国では、1-3-6ルールとして、生後1か月目までに聴覚のスクリーニングを実施、3か月目までに難聴を診断、6か月目までに補聴器の装用を開始する、という目標が掲げられており、本邦でも参考とされて達成に向けて全国的に新生児聴覚スクリーニングの普及が目指されています。

3.難聴の早期発見のための取り組み

  1. 子どもの音に対する反応については、ご家族が日常生活の中で自然に観察し、反応が悪い印象がある場合には放置することなく、地域保健所や医療機関に相談、受診されることをお勧めします。小児の難聴に詳しい医療機関として、それぞれの地域で日本耳鼻咽喉科学会推奨の医療機関が定められています。
  2. 両側の軽度から中等度の難聴や、特殊な難聴は、発見が遅れて言語発達遅滞や構音障害などをきたし、結果的に学習能力全体に影響が及んだ状態で初めて発見されることもしばしばあります。そのような場合では、発見後に積極的に訓練を行っても学習能力の後れを取り戻すことが困難な場合も多いです。そのような事態を避けるために、乳幼児定期健診での聞き取りチェックの拡充と、新生児聴覚スクリーニングの整備がなされました。
  3. 滋賀県では、地域での乳幼児定期健診で難聴や言語発達遅滞が疑われますと、当センターの保健指導部が介在し、当科の精密健康診査外来に受診いただいた上で精査を行います。聞こえについてご心配なことがありましたら、健診の際に保健師にお伝え下さい。

より早期に難聴の有無を把握するために、最近は産院で新生児期に聴覚スクリーニング検査を実施できるようになりました。簡略化された検査であり、Pass(聴力正常と思われる)かRefer(精密検査が必要)かの二者択一で判断されます。Referであれば直ちに全ての方が難聴というわけではありませんので、専門の耳鼻咽喉科で精密検査を受けて下さい。また、検査を実施しておられない産院で出産されたご家族の中で、新生児期のスクリーニング検査を希望される方は当科を受診下さい。

4.難聴の種類と程度について

1)聞こえの仕組みと難聴の種類

まず、私たちがどのようにして音やことばを理解しているのかを概説します。外耳道から入った音波は鼓膜と耳小骨(ツチ骨、キヌタ骨、アブミ骨)を経由して内耳の蝸牛へ伝えられます。そして、蝸牛内にある有毛細胞で音響的信号が電気的信号に変換され聴覚伝導路を通して大脳へ伝えられ、音やことばとして認識されます。

ところで、外耳と中耳の伝音系の障害が原因となっている難聴を「伝音性難聴」と呼び、内耳の蝸牛より中枢の感音系の障害が原因となっている難聴を「感音性難聴」と呼びます。(上図をクリックしていただくと拡大した図を見ることができます。)

乳幼児で伝音性難聴を来たす疾患には滲出性中耳炎、真珠腫性中耳炎、外耳道閉鎖症及び耳小骨離断や奇形等があります。これら伝音性難聴は基本的には外科的手術により治療することが可能です。
一方、感音性難聴の原因の大部分は蝸牛内有毛細胞の障害と思われます。有毛細胞の障害の原因はほとんど不明です。感音性難聴は伝音性難聴と違って基本的には治療が困難です。

2)難聴の程度と対応

聴力検査結果により上図(クリックしていただくと拡大図を見ることができます)のような分類(WHOによる)を行うことがあります。聴力0dBから25dBを正常、26dBから40dBを軽度難聴、41dBから55dBを中等度難聴、以下準重度、最重度難聴と分類されます。

さらに、聴力と言語発達の関係について述べると、一般に左右両耳とも41dB以上の難聴状態が長期間続くと、言語発達に悪影響を及ぼすと言われています。従って、乳幼児の聴力検査では両耳40dB以上の難聴があるかないかが重要となります。

3)伝音性難聴と感音性難聴の聞こえの違い

上述したように難聴には「伝音性難聴」と「感音性難聴」があります。これら2つの難聴はどのように違うのでしょうか?これら2つの難聴の聞こえ方はよく「近視」と「弱視」にたとえられます。伝音性難聴はめがねの度数さえ合わせればすっきり見える「近視」、感音性難聴は度数を合わせてもすっきり見えることが困難な「弱視」という具合です。つまり、伝音性難聴は補聴器で音さえ大きくすればすっきり聞こえます。しかし感音性難聴は音を大きくしてもすっきり聞こえません。そればかりか音を大きくし過ぎると余計に聞きづらくなることもあります。何度も繰り返し子どもの音への反応を観察しながら慎重に補聴器の調整をしていく必要があります。
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5.片側難聴の場合

片側の聴力が正常範囲である場合は、日常生活や言語獲得には大きな支障がないと思われます。難聴側の聴力の程度に関わらず、通常は補聴器はお勧めしていません。特に両側から聞こえる必要がある、などの特殊な場合は、ご本人と相談の上で調整します。従って積極的な介入は不要です。
ただし、聴力の変動がないか、中耳炎の罹患がないか、などの確認のため、年に数回程度の聴力の経過観察を継続することが望ましいです。また、片側が重度の難聴の場合は、学校での座席配置の考慮が望ましい場合があります。

6.小児の聴力検査について

7.その他の検査について

1.画像検査

先天性難聴を中心に、感音性難聴の多くは内耳の有毛細胞の障害が原因と考えられており、現在の画像診断で病変を検出することは不可能です。しかし疾患によっては内耳などに形態異常を伴うことが明らかになっているものもあり、画像診断で確定診断がなされる場合もあります。最近のMRIの検討では感音性難聴児の4割に内耳などに何らかの異常が見つかるとの報告もあります。

CTでは中耳や内耳の形態を、MRIでは聴神経を、それぞれ中心に詳しく調べることが可能です。形態異常の種類によっては、将来に難聴悪化の危険性が高いと予測されるものもあり、悪化予防につながることがあります。

小児で撮影時に安静が得られない場合は、睡眠導入剤を投与して撮影します。

2.各種発達検査

必要に応じてK式発達検査、WPPS及びWISC知能検査、ITPA検査などを行います。

3.遺伝子検査

当科では、難聴遺伝子検査と遺伝カウンセリングを実施しています。

8.療育について

両側の中等度以上の難聴があると診断されますと、療育に移行します。直接的にはまず補聴器を調整し、言語と構音の訓練に取り組みます。間接的には難聴児の環境整備として、ご家族への指導と支援、県立聾話学校への紹介、地域保健所や教育機関との連携、等に取り組みます。特に乳幼児は、就学に向けて一貫した療育を継続する必要があります。

1.補聴器調整

言語を獲得するためには、40dB程度の聴力を得ることが望ましいと考えられています。補聴器は難聴児各人の聴力に合うよう、慎重に調整する必要があります。小児の聴力や補聴器の効果を把握することは成人の場合よりもさらに熟練を要するため、当科では小児難聴専門の熟練した言語聴覚士が担当しています。

2.言語・構音訓練

通常に聞こえる子どもは、1歳ごろまでに蓄積された音声言語情報を背景に言語を獲得していきます。難聴児にはそれだけの蓄積がなく、音そのものの学習から遅れています。補聴器を装着しただけでは言語獲得には不十分であり、通常の場合よりも効率よく音情報を吸収・学習する必要があります。そのための訓練を継続的に行っています。

3.ご家族の支援

難聴児がより積極的に世界に関わっていくには、多くの時間を共有するご家族の適切な接し方が何よりも重要です。通常の場合よりもより意識的に、正面からゆっくりはっきりと話しかける、後ろから急に抱っこなどをすると驚くため何らかの合図をしてから働きかける、等、難聴児にとって望ましい接し方がありますので、当科では母親(保護者)教育に大きな重点を置いています。

また、ご家族が最も関心をもたれるであろう将来の就学など、長期的な展望についても、滋賀県での症例を参考に説明します。ご希望があり必要であると判断された場合は、同意を得ました上で人工内耳(後述)装用児の診察を見学いただけるよう計らいます。

高度難聴の場合は公的補助が受けられますので、書類作成など必要事項につきましてはこちらから説明します。

4.聾話学校への紹介

滋賀県には県立聾話学校が1校設置されており、当科は定期的に連絡会議をもつなど密接に連携しています。0歳児から教育相談が可能で、難聴児教育に精通した教員が配属されています。また、難聴があっても言語発達に問題がない場合は、補聴器や人工内耳を装着した状態で地域通常学校への就学が可能である場合が多いです。滋賀県では人工内耳装用児の約半数は通常学校に通学しています。

5.地域保健所や教育機関との連携

地域でのバックアップが必要と思われる場合には地域保健所に連絡し、保健師の家庭訪問を依頼します。また、補聴器や人工内耳を装着して通常学校に進学される場合は、当科の言語聴覚士が機器や留意点などについての指導・説明のために直接教育現場に伺います。

9.補聴器と人工内耳

両側の40dB以上の難聴があると診断された場合は、まずは補聴器を調整します。補聴器は年齢や程度に応じて ベビー型、耳かけ型 補聴器を装用します。

また、最重度難聴の場合では補聴器の出力がある一定以上になると音の質が低下し、言葉として聞き取りにくくなります。音の質を保つために出力を抑えますと言語発達のために望ましい40dBまで到達せずに難聴が残存することになります。以前ですとそのような場合は已む無く手話などの視覚言語を併用していましたが、1970年代後半に人工内耳が開発されて最重度難聴の方々も聴覚が活用できるようになりました。日本では1985年に第一例目の人工内耳埋め込み術が施行され、当初は成人が対象となっていましたが、1991年より小児にも適応が拡大されました。当科は当初から京都大学医学部附属病院耳鼻咽喉科と連携をとり、滋賀県の小児人工内耳医療を担当してきました。難聴の診断に始まり、難聴遺伝カウンセリング外来での難聴遺伝子検査と遺伝カウンセリング、人工内耳適応の判断(日本耳鼻咽喉科学会が規定した小児人工内耳適応基準に則っています)、術前・術後のリハビリテーションと言語訓練、その後の就学や就職の支援、さらに広くは地域教育機関などへの指導・啓発まで、手術を除く、小児人工内耳医療の全過程を一貫して実施しています。(人工内耳埋め込み手術は隣接の滋賀県立総合病院で実施いただいています。)

10.両側の軽度から中等度難聴の場合

音に対する反応が概ね見られ、多くの場合はある程度の言語発達も認めるため、難聴の発見が遅れたり、難聴に対するご家族の受け入れに時間を要することがあります。特に中等度難聴は部分的な聴覚遮断の状態であり、放置されると言語発達に深刻な影響を及ぼします。言葉の聞き取りに支障を生じた結果として構音に歪みをきたし、さらには文章理解能力から学習能力全般にも影響を及ぼします。2,3歳頃に言語発達遅滞を疑われて発見される場合もありますが、小学校就学前健診や就学後の定期健診で初めて発見される場合も散見し、そのような場合はその後に聴覚補償を行っても将来的な影響を免れません。できるだけ早期に発見できるよう、3歳半頃の地域での定期健診の際に絵カードを用いた囁き声検査を実施することが全国で推奨されています。また、先天性のものは新生児聴覚スクリーニングでの発見が期待できます。

お問い合わせ
病院事業庁 小児保健医療センター
電話番号:077-582-6200
FAX番号:077-582-6304
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