武夫様
一月二十四日附のお便りうれしく拝見致しました。
あなたと別れて九年間お互いに幸福を念じつつ毎日を過して来ました。今こうして通信が出来るやうになって元気であった事を知り合ふ事はなんて幸福な事でせう。 口でこそ九年間ですが永い間あなたには不自由な生活を送って頂いてあなたならこそと感謝の気持ちで私は一杯です。 亡き両親もどんなに満足している事でせう。
母上が元気であった事も私を喜ばしました。元来が元気であった母上ですからとは思ひつつも年が年ですから七十六才になられた由、ほんとうに御苦労様です。
京都の兄上御夫婦もお元気の由、やはり健康でありさへすれば再会は出来るものと今までの九年間が夢のやうに感じます。私も年を取ったやうですが自分では日本を出て来る時と少しも変らないやうに思っていますが鏡を見たり白髪を見る度に年は年だと思ひます。しかし元気ですから御安心下さい。
今私の居るところは、日本の気候とあまり変りません。生活も中国式にすっかり慣れました。毎日を何不自由の無い日を送って居ります。医者の仕事をしています。患者さんからは日本のおばさんと言って慕われています。
今中国は素晴らしい発展ぶりです。 日本国内の状況は新聞で詳しく知る事が出来ます。帰国問題も着々と進められている様子です。
中国に居る者も準備を進めています。しかし私は仕事の都合で少し遅れるかも知れませんからどうぞその積りで居って下さい。 あなたも何かと不自由でございませうが今少し御辛抱下さい。
私が九年間中国に在ってどのやうな仕事をして来たかは解って頂かれると思ひます。もう永くは無ひと思ひます。私が帰国したらきっとあなたにも喜んで頂ける人間となっています。
母上にもほんとうに気の毒ですが、よろしくお願ひして下さい。御老体にもかかわらず何かとあなたの御面倒を見て頂いて誠に申訳ありません。