早くにお父さんを失った久三郎さんは、お母さんの手ひとつで育てられました。
郷里で農作業に励むお母さんに出した便りが今も50通残されています。
久三郎さんは昭和20年5月9日フィリピンで戦死しました。
母上様御便り有難う。近頃便りの遠ざかって居る折りにて大変嬉しかったです 一度に十四通も戴いてどれから読んでよいかまよったくらいです。
母上様始め妹には其後御健在との由何より結構です 小生も御陰様で元気一杯で御奉公致して居りますから何卒御安心下さい。
もうすっかり植付も終って田草取りに繁忙のことと思ひます。
ここ常夏の国でも処によって植付や稲穂の風景が見られ、懐かしい母国の田園が偲ばれます 今雨期で毎日夕立のようなスコールに見舞れて漸くすがすがしい一時をあたへてくれます 比島も全く治安なっていたる処のどかな風景が眺められます 小生達も激戦の疲労もすっかり忘れて高原に吹く風にさらされ乍ら日々朗らかな日暮らしをして居ります 異国戦場に来た戦友愛は格別で暇あれば便りを見せ合ったり故郷物語に花を咲かせたりして大笑ひです。
時々はコーヒにうかされて夜あかしする夜もあります。 一昨日の日曜日にはマニラ在留邦人や小学生がはるばる来て皇軍慰問の演芸が催されて心ゆくばかり慰めてくれました。
御便り同封の写真や御守り戴きました。何時も身につけて居ます。
太田浅、太田か、前田彦氏等や尚局の子達や先生、御揃の便りも一緒に着きました。門坂(鶴)様よりは御親切に団報 仁丹を同封下さいました。御ついでに母上よりもくれぐれ御礼申上げ下さい。 大阪の清子さんよりも度々御便り下さいます。異国陣中でだれしも望むものは便りでその喜びは又格別です。小生も暇ある度に便りを出して居ります。 此の頃はちょうど満月近い月がころころと高原に照りつけて居ります。
今度着く便りは何時の日かと待ち乍ら思ふままにペンを走らせました いよいよ本格的な真夏が訪れる折御身御自愛を祈りつつ今夜はこれで
左様奈良 六月二十八日久三郎 母上様
母上様其の後益々御壮健にて御過しのことと遙察御慶び申上ます
僕も御陰様で変り無く元気旺盛で日夜御奉公に邁進致居りますから何卒御安心下さい。
内地は本年格別の暑さが続いたそうで田も良く出来たとのこと今頃は黄金の波うち母上も刈取準備に御忙しいことでせう。 当地は今尚雨期で僕のいる高原など御想像にもよらぬ涼しさで兵舎の軒に一月前に植えたコスモスが(内地からの種)美しく咲き、生茂ったススキは涼風にゆれてちょうど内地の昨今が偲ばれます。
しかし一度高原を下れば南国特有の暑さで蒸かえる様です 今は陣中の余暇も少し出来 野球の練習が盛んに行はれて居ります 僕も近頃大分太り此の健康さが御見せしたいくらいです 過日戦友に撮ってもらった写真出来次第に御送りしませう。
九月早々400キロもある処へ連絡のため出張を命ぜられ自動車で疾走して参りました。途中残敵のいる部落も越えて来ましたが何の事故も無く珍しい風景を眺めつつかへって心地よいドライブエーの様でした。
破壊された鉄橋も今は立派に架更られて砂糖きびの広々した畑に黒線を残して走る汽車ものどかな風景です。
時折日曜に近くの部落へ出かけることがありますが、土民が拙ない日本語でとても歓待して呉れます 日一日と建設途上にある比島も遺憾ながら残敵が出て討伐も続けられ少しも気を許せません。
過日マニラ日本婦人会の方々が来て慰問演芸会を催して呉れました。母国情緒豊かな踊りや歌も素人ばなれをした上手さで一時郷愁に憧がれました
近々査察をひかへ忙しくなって参りますが何時もの健康を以て大いに頑張ります
残暑の折農繁期をひかへて母上様も十分御身御自愛下さる様祈り上ます。
九月十七日久三郎より 母上様 二伸
八月に便り五通(内写真同封四通)出しましたがつきましたか 御知らせ下さい。