-戦意高揚のためにつくられた紙芝居-
結城楳雄さん(昭和4年生まれ)・大円さん(明治34年生まれ)大津市
太平洋戦争が始まったのは、結城楳雄さんが中学1年生の時でした。
学校には配属将校やプロの軍人さんがいて、教練という授業では実際に鉄砲を持って兵隊さんと同じことをしていたといいます。
楳雄さんのお父さんの大円さんはお寺の住職でした。
曹洞宗の布教師も務めていたので、県内のお寺からの依頼で伊香郡(現長浜市)や高島郡(現高島市)を中心に回っていたそうです。
最初の頃は、大人向けの説教だけをしていたようですが、お寺には子どもたちがたくさん集まってくるので紙芝居をすることを考えついたようです。
一度、お寺に宗務所から戦意高揚の紙芝居が送られてきたことがヒントになり、それからは自費で紙芝居を買って、布教のときには持って行ったそうです。
大円さんはまじめな人柄で、新聞に載った市内の戦死者が気の毒だからといって、その小さな写真を切り抜き、軸に貼って供養をしていた姿を楳雄さんは覚えているといいます。