-大阪から水尾村(現高島市に嫁いだ看護婦さん)-
林スエノさん(大正7年生まれ 高島市[高島町])
農家の3人姉妹の末っ子として、大阪で生まれ育ったスエノさん。
7歳の時に父親を亡くし、女手一つで育てられたスエノさんは「女は裁縫を習てお嫁さんに行ったらええんゃ」というお母さんの意に反して、働きながら看護婦の道を歩みます。
そして、大阪で看護婦として働いていたスエノさんは、知人の紹介で、昭和15年、高島町で食料品店を営む林氏と結婚。
一児の母となりますが、周囲の進めで、昭和17年保健婦の資格をとり、この地で唯一人の保健婦として、役場に勤務するようになります。
その後4人の子の母となったスエノさんですが、戦中戦後の物資不足のなか乳幼児の栄養指導や児童の衛生管理、また月に一度しか訪れない医師に代わって地域の人たちへの医療活動など、自転車で村中を走り回る日々を過ごすのでした。