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特色ある治療法:腹膜播種に対する腹膜切除術

 腹膜播種は、癌が非常に進行した病態のひとつで、消化器癌(胃癌、大腸癌、膵臓癌、肝臓癌など)の末期状態と考えられています。腹膜は、腹部の内臓を包む薄い膜です。ゆで卵の殻をむいた時に残る薄膜(卵殻膜)のようなものをイメージするとわかりやすいかもしれません。殻がお腹の周りの筋肉や皮膚、中の白身と黄身が内臓にあたります。この薄膜と白身の間のスペースを腹腔と呼んで、ここに癌が広がった状態が腹膜播種です。しかし、お腹の中は卵のように単純ではありません。腹膜は肝臓や胃や腸の間に入り込んでおり、横隔膜から骨盤まで非常に複雑で広いスペースがあります。播種というのは、この膜の上に種をまくという意味で、この種が育つことで腹水や腸閉塞などの症状が現れます。癌がここまで進行すると、もはや手術は不可能と考えられ、いやむしろ手術を行っても生活の質が著しく低下し、死期を早めるだけとされています。

腹膜

 しかし、癌によっては腹膜播種を手術で取りきることで治る可能性があることが分かってきました。この治療が始まったのは1995年頃で、アメリカのSugarbaker先生がPeritonectomy Procedures(腹膜切除手術)という論文を発表されたのが始まりです。当初は腹膜偽粘液腫という腫瘍に対して行われていました。この腫瘍は、粘液がお腹全体に充満して、食事が取れなくなったり、呼吸困難を引き起こしたりして、最終的に死亡する病気です。2000年頃、我々もこの病気の患者さんに対して、Sugarbaker先生の論文を頼りに手術を行いました。11時間に及ぶ手術で、術後は腹水がたくさん出て大変でしたが、患者さんはお元気に退院されました。その後、経験を重ねるうちに、このような治療が困難な病気の患者さんであっても、6割以上が10年以上長生きできること、きれいに切除できれば半数は再発しないことが分かってきました。

 Sugarbaker先生がこの治療を始め以後、欧米では急速にこの治療を行う施設が増えました。腹膜偽粘液腫だけではなく、悪性腹膜中皮腫や、大腸癌、卵巣癌などの腹膜播種にも応用されています。残念ながら、日本はこの治療を行う施設が少なく、最も遅れた国のひとつになってしまいました。最近になって、日本でもようやく腹膜播種のガイドラインが作成されるようになりましたが、欧米に比べるとまだ不十分です。当院の外科医(鍛)もガイドライン作成に関わりました。今後は、他の施設とも連携しながら、この治療法を日本で正しく普及させたいと考えています。

 滋賀県立総合病院では、腹膜切除を数多く経験した外科医(山中、鍛)に加えて、放射線科、消化器内科、腫瘍内科、産婦人科、呼吸器外科など多領域の力を結集して集学的な腹膜播種治療を行うことができます。セカンドオピニオンとしてもお役にたてると思います。

最近の腹膜切除術の実績と経過について

滋賀県立総合病院では、腹膜切除術の経験豊富な外科医(山中、鍛)が外科診療に携わっており、2024年から新たに腹膜切除術を開始しました。開始以前の症例も含めた実績は以下の通りです。

・症例数:約110例(過去3年間)

完全切除率:約85%

・手術時間:約6-10時間

・入院日数:約20日

・重症合併症の発生率:約25%

手術はすべて保険診療の範囲内で行われます。手術の適応、手術の具体的な内容や、手術でどれくらいよくなるかは、病気の種類、進行の程度によって大きく異なります。直接担当医にご相談ください。

(腹膜偽粘液腫の多くは、虫垂炎手術で偶然発見されます。このような場合、特に緊急手術などでは、治療方針に困ることがあるかもしれません。ご参考までに治療のフローチャートをお示しします。腹部膨満があったり、術前から腹膜偽粘液腫が疑われたりする場合には、いつでもご紹介ください。虫垂切除や組織型の確認は必ずしも必要ありません。)

滋賀県立総合病院外科

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