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当センターは2016年に開設され、主に股関節、膝関節の専門的な人工関節治療を提供して参りました。人工関節手術は、関節軟骨の摩耗、骨の変形のために動作に伴う痛みを生じるようになった関節を、インプラントに置き換えることで痛みを治療します。術後、関節の痛みはほぼ無くなるため、上手くいけば満足度の高い手術です。インプラントの改良、手術技術の向上、高齢化もあって、手術件数は国内外を問わず年々増加し続けています。
現在、当センターの初回THAは主に最小侵襲手術法(MIS)にて行っています。股関節は多くの分厚い筋肉に囲まれているため、従来の方法では筋肉の一部を一旦骨から剥がさざるを得ませんでした。これにより筋力低下、疼痛の遷延、関節の不安定性などが起こるとされ、筋肉を剥がさない手術法、MISが考案されました。当院ではいくつかあるMISのうち前方アプローチを採用しています(下図)。
【股関節の断面図】⓺大腿直筋と⓻大腿筋膜張筋の間を避けて関節にアプローチします。
MISでは本来手術の邪魔になる筋肉を剥がさないまま手術を行うため、その手技自体は決して平易ではありません。特に大腿骨側の操作では進入経路が狭く自由度が少ないためトラブルが起こりやすいとされています。当センターではいくつかの器具を湾曲させるなど安全に手術ができるよう工夫することで、初回THAのほぼ全例をMISで行っています。
前方アプローチの手技の詳細はこちら(羊土社、BHA・THA人工股関節置換術パーフェクト)でも参照できます。
前方アプローチによるTHAは仰臥位(あお向け)で行うため、術中X線透視装置での確認を随時行えるというメリットもあります。術前計画に沿った位置、角度でインプラントを設置するためだけでなく、術中骨折を回避するためにも有用です。正確な設置は、術後脱臼を予防し脚長差を適正に補正するために重要です。
左:術前計画
中央:術中透視装置による確認
右:術後レントゲン、術前計画通りに設置できています
変形の程度や骨格のサイズは症例によって大きく異なるため、術前計画を綿密に行っておくことは重要です。当センターでは前述の単純レントゲンに基づく2次元計画だけでなく、CTデータを用いた3次元計画も行っています。その上で骨盤側も大腿骨側も、骨形態に合わせて数種類ずつのインプラントを使い分けることで、安全確実な手術を目指しています。
最小侵襲手術法(MIS)で筋肉を剥がさず手術侵襲が少なくなることで、リハビリがスムーズに進み術後合併症の発生を抑制する効果も期待できます。当センターでは手術翌日から、平日休日を問わず、理学療法士の介入のもと種々訓練が始まり、もともと体力があった患者さんでは術後1週までに独歩も安定してきます。階段昇降の練習や脱臼肢位についての指導の後、多くの患者さんは2週までに自宅退院できます。
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人工股関節置換術(THA)においては、インプラント設置の工程の一部が力仕事になるため、骨の強度と力加減によっては術中骨折を起こし得ます。当センターでは術前計画の段階でインプラントを適切に選択し、術中X線透視を併用し、手術器具も工夫するなどして、追加手術・処置が必要になるほどの大きい骨折はほとんど起こっていません。術後は転倒などにより関節周囲に大きな衝撃が加わることで骨盤や大腿骨に骨折を起こしてしまうことがあります。通常の骨折と違いインプラントの入れ替えや同種骨移植が必要になるなど手術の規模が大きくなります。またインプラント周囲では骨癒合が得られにくくリハビリに長い期間を要しますので、術後は転倒しないよう気を付けましょう。
骨セメント関連合併症骨セメントを骨内に充填する際に血中酸素飽和度や血圧が低下することがあり、まれに重篤な状態にまで陥ります。髄腔を十分洗浄し、骨栓を設置し、セメントガンを使うなど予防対策を毎回徹底することで、当センターではほぼ問題なく骨セメントを使用できています。
前方アプローチの進入路に外側大腿皮神経という知覚神経が交錯する場合があります。この神経を損傷すると創部から大腿中央外側に至る広い範囲で皮膚の知覚が鈍くなりますが、運動能力には影響ありません。知覚鈍麻は早期に回復する場合もありますが、全体の5%程度の症例で長期にわたって残存してしまいます。大腿神経や坐骨神経といった主要な神経も股関節周囲を通過するため、損傷のリスクはあると言われますが実際には滅多に起きません。
同種血輸血(他人の血液を輸血すること)はほぼ回避できています。一般的には外腸骨動静脈などの大血管損傷の報告もありますが、滅多に起こりません。
術後極端な肢位をとると脱臼してしまうことがあります。股関節を過屈曲、屈曲+内転内旋すると後方に、過伸展、伸展+外旋すると前方に脱臼します 。具体的にどのような体勢で脱臼しやすいのか、日常生活のどういった場面で特に気を付ける必要があるのかなど、術前説明や術後リハビリで詳しく説明します。脱臼すると動けないくらいの強い痛みを生じますので、脱臼が疑われる時にはすぐに受診してください。一度脱臼すると、以降クセになって再置換を余儀なくされる場合があります。術後時間が経てば経つほど脱臼は起こりにくくなりますが、いくら時間が経っても脱臼しなくなるということはありません。
インプラントは生体と違って細菌感染に対する抵抗力、免疫力を持たないため、インプラント周囲に細菌感染が起こってしまうとなかなか治りません。うまくいけば掻爬洗浄と抗菌薬治療で治癒しますが、それでは治療困難と判断されればインプラントをいったん抜去し、長期間抗菌薬治療を行って完治した時点で再置換術を行うことになります。手術直後に発症してしまう場合と術後何年も経過してから発症する場合があります。後者の予防のため、股関節以外の場所であっても細菌感染が絡む疾患(虫歯、肺炎、腸炎、蜂窩織炎、褥瘡など)については当該科にしっかりと治療をしてもらうようにしましょう。糖尿病をお持ちの方は、感染リスクを下げるためにも、特に術直後の血糖コントロールが重要です。
股関節に痛みがあると日常的な活動量は減りますし、術後もすぐには動けません。このため下肢筋肉内の血流が悪くなり、静脈の中で血栓ができてしまうことがあります(DVT)。小さい血栓ができても何の問題にもなりませんが、大きくなってしまった血栓がちぎれて血管内を移動し肺に詰まってしまうことをPTEと言います。呼吸困難を起こすほどの重篤なPTEは滅多に起きませんが、そもそもDVTを起こさないよう早期離床、リハビリ介入などの対策が重要です。
初回THA後、インプラントやそれを支える骨に問題の無い状態が一生続くとは限りません。深部感染、脱臼、骨折、ゆるみなどの理由でインプラントの入れ替え(再置換)が必要になることがあります。どういう理由で再置換を行うかによって対策も変わるため、まずは状態を正確に把握し、術前、手術、術後に至るまで精緻な戦略を立てることが重要です。当センターの特徴として、院内骨銀行を設置し、同種骨移植を積極的に行っているという点が挙げられます。簡単に言うと輸血の“骨”版なのですが、日本整形外科学会のガイドラインに準拠することで極めて安全に行えることが分かっています。同種骨移植を効果的に行うことで、インプラントの土台となる骨の量、強度を回復させ、インプラントを長持ちさせる効果が期待できます。再置換術は上述のMIS(最小侵襲手術法)では行えないことが多く、その場合アプローチで多少筋肉を剥がします。このため筋力は幾分か落ちますが、歩行能力が大幅に損なわれるということはありません。
左:骨盤側インプラントのゆるみ、骨欠損を生じている
右:インプラント抜去、同種骨移植(矢印)の上で補強プレートを用いて再置換した。ステムも同時にcement-in-cement法で再置換した
左:大腿骨側インプラトのゆるみ、骨欠損を生じている
右:インプラント抜去、同種骨移植(矢印)を行った上で長いインプラントを用いて再置換した
再置換術においても起こりうる合併症の内容は初回THAと原則的に同じですが、再置換術の方が全体的に頻度は高くなります。