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頭頸部とは、頭部と頸部のうち、脳と眼球を除くすべての臓器を指す用語です。頭頸部がんの発生頻度は全がんの約5%と決して多くはありませんが、この領域のがんは、発声・そしゃく・嚥下・呼吸など日常生活に欠かせない機能を担う臓器にできるため、治療にあたっては病気の根治性を高めることと同時に治療後の機能温存を最大限に目指さなければなりません。また顔面・頸部は常時人目にふれる領域であり、美容的配慮も欠かせません。
このような頭頸部がんの治療を円滑に行うため、耳鼻いんこう科・歯科口腔外科・形成外科・放射線治療科・リハビリテーション科・緩和ケアチームが緊密に協力して治療にあたる頭頸部腫瘍センターを発足することになりました。
扱う臓器は、咽頭(上咽頭・中咽頭・下咽頭)、喉頭、鼻腔・副鼻腔、口腔(舌・口腔底・歯肉・頬粘膜・口蓋・口唇)、甲状腺、唾液腺(耳下腺・顎下腺)、頸部食道など頭頸部領域すべてにわたります。
また、滋賀県立総合病院はがん治療以外も対象にした内科などを有する総合病院であり、近年増加している高齢者や合併症を多く持った患者さんに対しても全科的に協力して対応することで根治を目指した治療を安全に行うことが可能です。
頭頸部がんのほぼすべての手術治療を担当します。近年、一部の早期の進行がんに対して、後述する放射線治療と化学療法(抗がん剤)と組み合わせることで臓器の欠損を伴わずに根治を得られる症例も増加しました。しかし、進行がんの多くは手術治療の方が根治性に優れると考えられ、唾液腺がんや甲状腺がんのように放射線治療が有効でないがんも多くあります。放射線治療には味覚障害や唾液分泌障害、嚥下障害などの後遺症もあるため、手術治療の方が後遺障害を少なくできる場合もあります。また同じ部位には一度しか行えないという制限もあるため、将来的な重複がんの可能性も考えて手術治療をお勧めする場合もあります。過去に放射線治療を行った部位に再発してしまった場合には手術治療しか治療手段がなく、そのような再発症例の救済手術も積極的に行っています。
早期がんの場合はもちろん、進行がんに対しても機能温存を考慮した手術治療を行っています。根治性のために声帯の摘出が必要で術後に発声機能を失ってしまう場合もありますが、咽頭がん・喉頭がんに対する声帯を温存した手術治療も積極的に行っています。進行した口腔がんや咽頭がんの手術治療では後述する形成外科との合同手術で術後の機能の再建・回復を行っています。その他,頸部食道がんなど境界領域の疾患に対しても消化器外科と合同で手術治療を行っています。
頸部のリンパ節に転移することも比較的多いため、必要に応じて頸部リンパ節をひと塊で切除する頸部郭清術を同時に行っています。その際にも根治性に問題のない範囲で筋肉、血管、神経などを温存する手術を行うことで機能温存に努めています。
口腔がんの手術治療に耳鼻いんこう科・形成外科と協力してあたり、手術により口腔に欠損が生じた場合の義歯やプロテーゼ(補装具)の作成を行ったり、噛み合わせの改善を行ったりします。また、がん治療に伴う合併症の軽減のために手術前後や放射線治療中の口腔ケアも行っています。
がんの切除により口腔や咽頭に大きな欠損が出来る場合、その欠損を再建するためには他の部位から組織を移植する必要があります。患者さんの腕や脚、腹部などの皮膚や筋肉、骨の一部を、血管をつけたままで切り出して欠損部に移植して縫合し、血管は頸部の血管とつなぎ合わせて血液を通わせます。これを遊離皮弁術といいますが、切り出す部位の選び方やサイズの取り方、顕微鏡下に直径数mmの血管同士を適切につなぎ合わせることに高度な技術が必要です。この遊離皮弁術を形成外科が担当します。当院では画像所見から切除範囲を想定し、3Dプリンターと連動させて実物大の欠損部位モデルを手術前に作製することによって、再建に用いる皮弁の形や大きさを決めるのに役立てています。
耳鼻いんこう科による腫瘍の切除(写真右側)と同時進行で、形成外科が前腕皮弁の採取を行っている(写真左側)
がんが下顎骨に浸潤した下顎歯肉進行がんの手術治療では、歯肉・下顎骨・口腔底粘膜・頬粘膜をひと塊切除します。また、頸部郭清術も同時に行います(耳鼻いんこう科が担当します)。再建には下顎骨に代わる骨、口腔粘膜に代わる皮膚が必要ですが、このような条件に最も適した遊離皮弁が腓骨皮弁です。下腿を支える二本の骨のうち、外側にある腓骨の一部を周囲の皮膚・筋肉・血管をつけた状態で切除し、血管を頚部の血管とつなぎます(形成外科が担当します)。腓骨はもとの下顎骨の形に合うように整形して下顎骨に接合し、皮膚は口腔粘膜に縫合します(耳鼻いんこう科・歯科口腔外科・形成外科が協同で行います)。
隣接する喉頭や食道の一部まで病変が及んでいる進行した下咽頭がんの手術治療では、それらをひと塊に切除します。また頸部のリンパ節転移も多いため、これらを切除する頸部郭清術も行います(耳鼻いんこう科が担当します)。切除した咽頭と食道の再建材料には同じ消化管である空腸(小腸の前半部分)が適しています。開腹して空腸の一部を血管がついた状態で採取し(消化器外科が担当します)、空腸の血管と頸部の血管をつなぎます(形成外科が担当します)。空腸の両端をそれぞれ咽頭側と食道側に縫合します。喉頭を摘出しているので、気管の断端を下頸部皮膚に縫い付けて開口させ、そこから呼吸できるようにします(耳鼻いんこう科が担当します)。
咽頭がんや喉頭がんでは、放射線治療の方が治療後の機能温存に優れる場合があります。また進行がんであっても化学療法(抗がん剤や分子標的薬)を併用することで根治を望めるようになる場合があります。毎週定期的にカンファレンスを行うなど、合同で治療方針を検討や治療中の管理を行っていくことで約2ヶ月にわたる治療を安全に完遂するように目指しています。また手術治療を行った進行がんの根治性を高めるために、術後に放射線治療を追加することもあります。
当院放射線治療科は強度変調放射線治療装置(IMRT)を備えており、多方向から強弱をつけた放射線を病変部位に集中的に照射することにより治療強度を増強した上で、周囲の正常組織への被曝量を最小限に抑えることができる効果的な放射線治療が可能です。
口腔がんや咽頭がんを切除した後に欠損部位を遊離皮弁で再建しても、それだけではそしゃくや飲み込み、滑舌などの働きは完全には元通りにはなりません。日常生活に支障のない程度にまで機能を回復させるためには訓練が必要です。この訓練をリハビリテーション科が行います。放射線治療を行う場合にも粘膜障害などから嚥下機能の障害を来すことがあるため訓練を行います。また、頸部のリンパ節転移に対する頸部郭清術では根治性に問題のない範囲で筋肉、血管、神経などを温存する手術を行うことで機能温存に努めていますが、術後に肩の運動障害を来すことがありその場合にも運動訓練を行います。その他には手術で声帯を摘出した場合の代用音声の訓練も行っています。
頭頸部がんは部位の特性上、比較的早期から食事や発声など日常生活に欠かせない機能の障害を来したり食事の際の痛みを伴ったりします。また手術治療後のリハビリや長期にわたる放射線治療による粘膜や皮膚への障害など、治療中につらさを感じることも少なくありません。それらが治療の継続に支障になることも多く,緩和することで予定した治療を完遂しやすくなります。再発などで根治が困難になった患者さんへの終末期緩和医療はもちろんですが、治療前や治療中の痛みやつらさを軽減することを緩和ケアチームと協力して行います。