日野川堤防 小南地先決壊
写真:滋賀県所蔵
この年8月の台風7号で、大きな被害を受けていた日野川は、この台風で6カ所(近江八幡市内5カ所と小南)決壊
撮影場所:野洲市小南
撮影者:岡野征朗
体験者の語り
長男。町の役をやっている。
この時は、日野川が何ヶ所か切れた。最後が小田町(近江八幡市)だった。カーブが多い所なので、そこで切れる。小南のカーブでも切れた。
父は、「昔からここでは水が出た事が無い」と言って、立ち上げをしなかった。そうしたら、見ている間に水が出て仏壇の中ぐらいまで浸かった。たんすも3段目までだめ。壁もやられた。6~7時間浸かっていたそうだ。
同じ地区でも水に浸からない家もあり、高見の見物をしていたという事だ。
私は出張していたが、次の日、戻ったら水は引いていた。父方も母方も、祖父母の家が近かったので、みんなそこに避難していた。明日には帰れるわという事で、父はお酒を飲んだりしたらしい。
父の実家(本家)は、家の土台を3m積んでいる。家具をおいている蔵も高いところに建っている。
役場の災害対策は、当時あまりなかった。畳をかたづけたり、ゴミのかたづけだった。ゴミがすごく、またにおいがひどかった。
当時井戸水を使っていた。親井戸を10件ぐらいで引いて、竹をくりぬいたパイプで、各家へまわしていた。水害前は「飲用適」だと保健所に言われていたが、水害後は当分使えなかった。そのため、「生水を飲むな」と言われていた。ただ、当時水を手に入れたかどうか覚えていない。「火事よりまし。家が残っている」と思っていた。
自宅に戻った所、どこもかしこも濡れていたので、寝る場所がなかった。
又、結婚1ヶ月前だったので、式を延長した。
質問: 子どもに伝えたか
子へ言っている。その他、汚い水を流すなとか、町の行事に出ろとか。
若い時はそうでもなかったが、今はよくやってくれている。ただ、本当の体験が伝わったかどうかは分からない。質問:今の若い人へ
明日より今晩のめし。火見舞いには火、水見舞いには水。火事はすべてが燃えてない。それに水をかぶっている。家事ができないため。それと、水害で水が飲めなくなるためと、昔父から聞いていた。
西風が出た時、琵琶湖の水が上がって、野洲川・日野川が逆流する事も知ってほしい。