撮影場所:草津市北山田町
撮影者:彦根地方気象台
提供:琵琶湖博物館
体験者の語り1 (大正11年生まれ」・大正14年生まれ)
【北山田小学校の校舎が倒壊】
私は13歳でした。バリバリ、ドンドンと音がして、校舎は我々の机を集めた上に倒れ、壁どろの砂塵や砂けむりで、一時は暗闇になり、どこにいるやら分からない。
そして、怖かった気持ちが、ようやく治まり、どこも痛いところがなく、下敷きになっても怪我をしていないことが分かったので、まだまだ四方が暗いけど、出口がないかと考えていたら、10m程前の方で、柱の折れた先で屋根が破れて穴があき、外の明かりが少し見えてきたので、その穴から外へ出ました。
【栗太農業学校の生徒が 助けに来てくれた】
田では風が強くて体が飛ばされるので、稲株を持って、どろどろの田に座って避難しておりました。
体は、雨と風で、また田の中の泥水で服や着物がぼとぼとに濡れて、体が寒くなってきました。声が震えてきました。
校舎が倒れて、稲穂の中で1時間ほど避難をしていたら、「山田小学校が倒れた」ことが知れたのか、栗太農学校の生徒100人ほどが、助けに来てくれました。
みるみるうちに、隣の極楽寺の本堂は死体と怪我人でいっぱいになりました。
体験者の語り2 (昭和5年生まれ)の体験
校舎の一番端やったから、先生が「すぐ出なさい」って言わはって、ぱーっと外に出たんですよ。雨に濡れながら。
外に出て、大きな木があってね。その木の下に先生が座ってね、その周りに生徒達が座って。恐いからね、風でよう揺れてるでしょう。それを見るのが恐くてね。「先生、スカートの中に入らせて」って、みんな、スカートの中に入ってましたわ。
校庭は、近所の色んな物が運動場を駆け回ってましたわ。みな、軒先に置いとかはるでしょう、樽とか。そういうものが風で飛ばされて、運動場を遊んでましたわ。そういう場面だけは覚えてますね。
校舎が倒れたっていうのが、村人達に伝わったんで親が迎えにきてくれました。親が迎えに来た人から、一緒に帰りました。