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世界遺産登録を目指す彦根城について

~京都女子大学 母利先生、県 木戸参事員(彦根城世界遺産登録推進・安土城復元プロジェクト担当)をゲストに~

(大杉副知事)

みなさまこんにちは。今月のお相手は副知事の大杉です。ランチ前のひと時いかがお過ごしでしょうか。

今日は、突然ですが、世界遺産登録を目指す彦根城にスポットを当てていきたいと思います。

素敵なゲストにお越しいただいています。彦根城といえばこの方、この7月に出版された「図説 日本の城と城下町 彦根城」の監修にあたられた、京都女子大学文学部教授の母利先生です。よろしくお願いいたします。

 

(母利先生)

今日は非常に楽しみにしています。よろしくお願いします。

 

(大杉副知事)

先生は、ブラタモリの彦根の回でもお馴染みです。まずは「彦根城の新たな魅力に迫る!」、そして「世界遺産登録の謎に迫る!」という二つのテーマに沿ってお話を伺っていきたいと思います。

 

それでは一つ目のテーマ、彦根城の新たな魅力に迫っていきましょう。

彦根城が世界遺産登録に向けた暫定リストに記載されたのが平成4年(1992年)、およそ30年前のことになります。その後の動きがちょっと見えにくいので、もしかしたらあきらめてしまったのではというような、もやもやした気持ちで見守っていた方もいらっしゃるのではないかと思います。そうしたムードを打ち破る、彦根城の重要な価値に今改めて光が当てられ、世界に発信されていると伺いました。どんな価値なのでしょうか。

 

(母利先生)

みなさんは城郭といえば、おそらく国宝彦根城や姫路城を思い浮かべられているかと思います。

戦国時代のお城は、天守に櫓をそなえた戦闘のための軍事施設、要塞という役割を果たしていたと思いますが、実は大坂の陣が終わった後、江戸時代二百数十年の間は、領内の統治など政治拠点として使われた施設です。

その間に大改修工事が行われて、領民に対してどう見えるか工夫がされた城です。

江戸幕府は大坂の陣後、戦争がない社会の実現のために、民衆の生活と安全を保障する社会を実現しようとしました。様々な法律を作り、諸大名に政治の基本理念を示して守らせようとしました。彦根城はその幕府の基本理念を最も忠実にあらわした城郭といえます。江戸時代の戦争のない安定した社会秩序を維持するために、そのシンボルとして城郭の新たな価値を打ち出していこうと思っています。

 

(大杉副知事)

ありがとうございます。安定した統治を忠実に表した城ということですが、そういった価値は、具体的には城のどういった部分に表れているのでしょうか。

 

(母利先生)

彦根城に来られた方はわかると思いますが、内堀と中堀という二重の堀がほぼ完全に残っています。これは全国的に珍しく、完全に残っているのは彦根城と弘前城しかありません。この二重の堀に囲まれた空間には、天守や櫓、現在博物館がある藩の政庁機能をもった表御殿という政治の施設があります。その周りには藩の政治の意思決定を担う重要なポストの家老や用人というような重鎮の屋敷が配置されていたり、殿様の家族の屋敷や別荘、藩校といった重要な施設が配置されていて、そこで政治や家臣と殿様の間での様々な儀式、儀礼が行われていた特別な空間です。

彦根に来られた方はよくわかると思いますが、駅の方から行くと、いろは松という松並木があります。そこにある佐和口多間櫓は重厚壮大な建物です。これは実は、大坂の陣が終わってから作られたものです。わざわざその建物を作ることによって、お城というものをどう見せようかということまで考えています。例えば、いろは松の方の堀端に立って天守の方を見上げてみると、白亜の櫓が左右に広がって、その上に木々の緑が織りなして、櫓がいくつかあって、その上に天守が見える、非常にすばらしい景観をもっています。実は、参勤交代のときに儀式に使われたルートです。そういった配慮をしながら、いかに「殿様がいることで社会が安定している」ということを見せていた、そこに注目しました。

 

(大杉副知事)

ありがとうございます。そういったことを思い浮かべながらお城を訪問すると、また違った見方が出てくるかなと思います。

彦根城のみならずいろいろなお城がある中でなぜ彦根城が重要なのでしょうか。

 

(母利先生)

 実は今言った政治理念などを実現するために、各大名家はお城を整備していきます。全国の多くの城郭は、おそらく幕府の政治理念に従って、何重もの堀を構えながら、いろいろな櫓を整えてきたと思います。ただし、長い歴史の中でその理念が崩れていくというか、各大名でいろいろ工夫して逸脱していくところがあります。例えば、藩の政庁を堀より外に出したり、大きな庭園を、例えば兼六園のようにお城の外に出したりしています。彦根城は譜代大名の筆頭という将軍を守る、一番そばにいて守る役割ですので、その政治理念をずっと長く持ち続けました。そのため、基本理念を崩さずに幕末まで迎えた特殊な藩です。だからこそ、この形を崩さずに守り続けたという側面がありますから、彦根城が日本の中で唯一無二の城郭として残っています。

 

(大杉副知事)

世界に目を向けますと、大名の統治は、例えばヨーロッパの封建制度やドイツの領主制などありますが、こういった世界史の中でみた彦根城あるいは大名統治ということの特殊性とはどういったところにあるのでしょうか。

 

(母利先生)

 通常ヨーロッパの封建領主というのは、代々その土地と領民というものから切り離されることはなく、ずっとそこの領主であり続けます。

しかし、日本の大名は、関ケ原大坂の陣の後の大名の配置変えやその後の転封や改易といった配置換えが頻繁に行われていました。大名は将軍から領地を預けられて統治をしており、城郭も領地も所有物ではないということです。そのため、幕府が中央集権的な役割を果たしていて、大名はその地方の統治を任されているという状態です。

一方、中国の中央集権制では中央から役人が地方官僚として派遣され、一部の家来(部下)は連れていきますが役人の部下全員を連れていくわけではありません。江戸時代では、大名が転封すると家臣団全部を動かすという、中央集権的な要素と預けられたところの地方分権的な要素の両方が兼ね合わさったようなバランスのとれた形であり、世界的にみても非常に特殊な政治形態だといえます。

(大杉副知事)

日本の中のみならず、世界から照らしても価値のある彦根城の魅力を再確認させていただきました。

次は二つ目のテーマ、「世界遺産登録の謎」に迫っていきたいと思います。ここからは、文化財保護課の木戸参事員にも参加いただきます。よろしくお願いいたします。

 

(木戸参事員)

よろしくお願いいたします。平成21年度から担当しており、今年でやっと15年目になりました。

 

(大杉副知事)

9月に大きなニュースになっていたのが、世界遺産登録の「事前評価制度」を活用して申請書をユネスコに提出したということです。この「事前評価制度」、新たな制度なんですね。なぜ活用することにしたのでしょうか。

 

(木戸参事員)

先ほど先生から彦根城の価値について、いろいろなお話をしていただきました。彦根城の価値については、いろいろな考え方があります。人によって、見方によっていろいろな価値がありますが、我々が目指しているのは「世界遺産としての価値」です。日本史としての価値ではなく、「世界遺産としての価値」です。多様性のある人類の歴史や文化を証明するものとして、人類史の1ページを飾るにふさわしいものでなければ、世界遺産となることはできません。これを「OUV」(outstanding universal value)と呼んでいます。いわゆる普遍的な価値、世界が認める価値というものにあたります。我々が考えている新しい彦根城の価値が、世界的価値として認められるかどうか、ここが鍵を握っています。そういう意味で、事前にユネスコと対話できるというのが、この制度の特徴となります。文化庁と国内審査を行っていただいている文化審議会から、我々が主張する価値を世界に問うてはどうか、と言っていただきまして、新たにできたこの制度を活用することとなりました。

 

(大杉副知事)

ありがとうございます。普遍的な価値について、対話をしながら確認していく作業だということですが、事前評価制度の活用が決まったのが7月、そしてもう9月には評価報告書を提出と、信じられないスピードでのご準備でした。どのような苦労がありましたか。

 

(木戸参事員)

実際、本当に突然のことでとても慌てました。知ったのが7月5日、ユネスコの締め切りが9月15日に設定されており、示されている書式と内容の基準を満たし、全文を英文で仕上げなければならず、非常に苦労しました。事前申請制度は、文化庁もはじめてということで、何度も文化庁と協議をさせていただき、東京で合宿を2回も3回も繰り返し、文化庁から細かな指導をいただきました。そして、知事がすぐに体制を整え、増員をしていただいたこともあり、県と市から派遣していただいている職員総勢6名で対応し、やっとの思いで文化庁が了解するものが完成しました。そして、日本政府として提出するため、外務省を通じて9月5日にユネスコに提出しました。先着順でもあったようで、とても時間に追われた大変な作業だったと今も思います。

 

(大杉副知事)

本当にお疲れ様でした。こうした大変なプロセス、母利先生はどのような意義を感じていらっしゃいますか。

 

(母利先生)

今回の世界に向けて価値を発信するということは、城郭そのものは多様な見方ができるが、「日本の城郭は、江戸時代の非常にユニークな政治システムを象徴できる」という新しい見方がひとつ加わるということです。決してほかの見方を否定するわけではないが、新しい見方ができるということを発信できる大きなメリットがあると考えます。

 

(大杉副知事)

いかがでしたでしょうか。彦根城の魅力と世界遺産登録の謎について、語っていただきました。最後に一言ずついただければと思います。

 

(木戸参事員)

我々が取り組んでいるのは、一般的にはパクス・トクガワーナといわれる、260年間続いた江戸時代の平和を城で解き明かすことをテーマとしています。登録までには、まだまだ関門がありまして、まずは事前評価で高評価を得る必要があります。それから、国内推薦を受けて、日本政府から本申請を行います。その後もイコモスの現地調査など経て、最短でも4年後の令和9年登録です。まだまだ厳しい審査が待ち受けておりますので、ぜひこれを機に、全県レベルで大きな盛り上げをつくっていただきたい、応援いただきたいと思っています。よろしくお願いします。

 

(母利先生)

世界遺産登録が実現するのは非常に大きな目標です。ただし、登録の実現はゴールではない、ということを意識しないといけません。それはスタートです。私たちが提案した価値をいかに維持していく、よりよく理解していただけるように、様々な施策を整備していかないといけないと思っています。世界遺産登録には、県民・市民もその覚悟と努力を重ねていかないといけないという、きっかけになると思っています。

 

(大杉副知事)

ありがとうございます。様々なきっかけになる彦根城の世界遺産登録に向けた取り組みについて語っていただきました。母利先生、木戸さん、ありがとうございました。みなさんもSee you next time!ご清聴ありがとうございました。