人権施策推進課では、人権に関する特集記事「じんけん通信」を毎月、ホームページ上で発信しています。
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令和3年(2021年)5月(第157号)
スマートフォンやSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)が普及し、誰もが簡単に情報の受発信ができるようになりましたが、その一方で、誹謗中傷や差別書込、プライバシー侵害など、インターネット上の人権侵害が大変深刻な問題になっています。
一度、インターネット上に書き込まれた情報は完全に削除することは難しく、差別の助長・拡散にもつながることから、情報の転載や同調などによって、差別情報の二次発信者として人権侵害の加害者にもならないよう気を付ける必要があります。
当課では毎年、行政職員等を対象に、インターネット上の人権侵害の現状や課題を把握し、差別書込等の防止に向けた取組を推進するための研修会を開催しています。
今回のじんけん通信は、令和3年2月に開催した研修会において、総務省「発信者情報開示の在り方に関する研究会」の座長を務められている京都大学大学院法学研究科教授の曽我部真裕(そがべ まさひろ)さんから、「SNS上の表現の自由と被害者救済対策」をテーマに御講演いただいた内容について紹介します。
総務省が令和元年5月に公表した「通信動向調査」によると、総務省の運営する違法・有害情報相談センターで受け付けている相談件数は高止まりの傾向にあり、令和元年度の相談件数は、受付を開始した平成22年度と比べて、約4倍となっています。
インターネット上の人権侵害情報に関する人権侵犯事件は、平成13年の現行統計開始以降、平成29年度に過去最高件数を記録し、令和元年度は過去2番目に多い件数となっています。(資料1~3)
また、青少年のスマートフォン等の利用の増加や低年齢化が進んでおり、平成30年度の調査結果では、中高生の約9割がスマートフォン・携帯電話を所有している状況にあります。(資料4)
SNS上での誹謗中傷対策の在り方については、令和2年5月にテレビ番組に出演した女子プロレスラーの木村 花さんが、番組中の言動を理由にSNS上で激しい誹謗中傷を受けて亡くなるという痛ましい事件をきっかけに関心が集まりました。
この事件の前からも、SNS上の誹謗中傷による被害は少なからずありました。この15年ほどの間に、各種のSNSが普及し、情報の拡散力が飛躍的に高まったことが背景にあります。
SNSが普及するまでは、2ちゃんねるなどの匿名掲示板での誹謗中傷が問題視されていました。匿名掲示板は、それを見に行かないと内容が分からないのに対し、ツイッターではリツイートで簡単に広がり、拡散力が大きく違います。
SNSの普及により拡散力が高まったことで、それまでほとんど深刻にとらえられてこなかった問題、例えばセクハラや性被害の問題、あるいはジェンダー平等などの問題が広く社会に周知され、政策にも影響を与えるなどプラスの面は正当に評価すべきですが、その一方で、ヘイトスピーチやフェイクニュース、あるいは誹謗中傷というものも非常に深刻化しています。
誹謗中傷の被害者が感じる脅威は、周りの人が信じられなくなり、味方がいないように考える「孤立性」、つねに監視されているような気がして逃げられないと捉える「不可避性」、自分のことが不特定多数の人に知られてしまうと思ってしまう「波及性」と、主に3つに分類されますが、加害者が匿名であり、特定できないことが関わっていることは明らかです。
誹謗中傷対策については、木村 花さんの件が与党や政府を動かし、具体的な取組が進められています。5月に木村さんが亡くなり、6月には、自民党および公明党のプロジェクトチームから、インターネット上の誹謗中傷・人権侵害等の対策に関する提言が行われています。
政府では、総務省と法務省で検討が進められ、主には、総務省の「発信者情報開示の在り方に関する研究会」と、同じ総務省の「プラットフォームサービスに関する研究会」で検討が行われています。
8月に「発信者情報開示の在り方に関する研究会」の「中間とりまとめ」が公表され、9月には「発信者情報開示の在り方に関する研究会」の検討内容と、「プラットフォームサービスに関する研究会」の緊急提言をまとめた「インターネット上の誹謗中傷に関する政策パッケージ」が公表されています。
12月には「発信者情報開示の在り方に関する研究会」の「最終とりまとめ」が決定され、第204回通常国会において、プロバイダ責任制限法※の改正が目指されています。
※プロバイダ責任制限法とは
正式名は「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律」であり、インターネットにおける情報の流通により自己の権利が侵害された場合に、関係するプロバイダ等に対し、流通の停止やプロバイダ等の免責要件を定めるとともに、発信者の情報の開示を請求できることなどを定めた法律です。
人権を侵害する書込をされた被害者は、誰が書き込んだかわからないため、プロバイダ等に対して書込の削除を求めるしか方法がありません。プロバイダが被害者の求めを受けて、発信された情報を削除することは表現の自由を奪い取ることになり、また、削除しないと、被害者から責任を問われることもあります。
こうした場合に削除するのか、しないのか、その判断基準などがプロバイダ責任制限法に規定されています。
なお、令和3年4月21日、改正プロバイダ責任制限法が国会で可決され、公布の日から、1年6か月を超えない範囲で施行されることになりました。
現行では
・被害者が投稿者を特定する際、SNS運営事業者・通信事業者に対し別々に情報開示を求める必要がある。
・特定までに1年以上かかる場合もある。
といった問題がありましたが、今回の法改正により
・被害者の申し立てをもとに、裁判所が情報開示を判断し、SNS運営事業者・通信事業者へ同時に開示を命令する。
・特定までの期間が大幅に短縮される見通し。
といった被害者の負担軽減が図られることになります。
次にSNSの誹謗中傷に関する主な対策には、一般的にどういうものがあるかについてお話しします。
1.削除請求
SNS上で誹謗中傷を受けた場合、被害者はSNSの運営事業者に対してその投稿の削除を求めることができます。SNSでは利用規約において一定内容の投稿を禁止しており、禁止事項の中に他人への誹謗中傷を禁止するということが通常は含まれています。
SNSの運営事業者はこの規約に基づいて、そうした投稿を削除することができます。また、悪質な場合には個々の情報を削除するだけではなくアカウントを停止することができます。ただ、正当な批判と、許されない誹謗中傷というものは区別がなかなか難しいというところに注意が必要です。
誹謗中傷には、大きく二つのカテゴリーがあります。一つには違法なもので、名誉棄損、プライバシー侵害、肖像権侵害等々です。それぞれ法律や判例などで明確化され、ある程度判断方法が確立しています。
もう一つは違法ではないが、SNS事業者の判断により、利用規約によって禁止されているものです。どのような表現をどの程度削除するのかは、事業者判断になるということになります。このように誹謗中傷といっても、違法なものと、そうでもないものがあります。
ところで、他者を激しく攻撃するような投稿であっても、政治家のような公人の言動の批判や、その他公共性のあるような事柄に関するものは、民主社会においてできる限り認める必要があります。
それから、公共性は大してないような批判的投稿であっても、削除するほどでもない、有害性もそこまでではないというものもあります。
誹謗中傷と一口で言いますが、いろいろなものがあり一律の対応は難しいところがあります。
日本で特に広く利用されているツイッター等のSNSでは、社会的に意義のある情報発信も多数行われており、表現の自由にとって重要なプラットフォームとなっています。
このため誹謗中傷の被害者の保護と、表現の自由の保護との間のバランスには、十分注意しなければなりません。
ただ実際には、ある投稿が権利侵害的であるとか、違法だということで通報したり、削除請求をしても、SNS事業者にしっかりと対応してもらえない、なかなか削除してくれないという声も、被害者サイドからよく聞かれます。
この原因については、必ずしも明らかではありませんが、いくつかの原因が考えられます。
一つは、削除対応のために十分な人員や予算等がないなど、単純に事業者の取組が十分でないということが考えられます。
もう一つは、削除を求める側との客観的な判断のギャップです。削除を求める側としては当然削除に値するものだと考えていても、客観的に違法とまでは言えなかったり、あるいは規約の削除基準に該当しなかったりするということもあると考えられます。
いろんな原因があるところですが、さきほど紹介した総務省の政策パッケージでは、SNS事業者に対して取組の透明性の向上を強調していますが、自主的な取組を求めるということであり、どの程度進むか未知数ではあるものの一定の変化があるということは期待されるところです。
2.損害賠償請求の法的な対応
執拗に中傷してくる者がいる場合、個々の投稿の削除請求にとどまらず、いわば加害の根本を断つためにも、発信者の法的な責任を問いたいと思う場合もあります。
具体的には、民事訴訟で損害賠償請求をする、あるいは刑事訴追を求めて告訴するということになりますが、このような場合、まずは発信者を突き止める必要があります。
SNSでの情報発信の多くは匿名で行われますが、その書き込み者の特定のために用いられるのがプロバイダ責任制限法で定める発信者情報開示手続というものになります。
この手続には、三つの段階があります。
まず被害者は、書き込みされたツイッターなどのコンテンツプロバイダに発信者は誰かということを開示請求します。ツイッターなどのアカウントをつくるときに、本名や住所、電話番号などを入力しないため、直接この発信者情報の開示はできないことから、その代わりに、まず、どのIPアドレスから書き込んだのか、いつ書き込んだのかのタイムスタンプの開示を求めます。
次の段階として、IPアドレスからインターネット接続プロバイダ(ISP)が分かることから、利用契約により氏名・住所を把握しているISPに対して開示請求を行います。
この二つの段階を経て相手を特定することにより、初めて損害賠償請求等ができることになります。
この二つの段階は、ともに開示請求の裁判手続が基本的には必要になります。法的には必須ではありませんが、裁判手続を経ないと開示されないのが実情です。
従来からの手続では、被害者からすると複雑な手続と時間を要し、特に海外の会社を相手にするときには時間がかかり、非常に負担が重いこと、また、手続に時間をとられている間に、通信記録が保存されなくなり、相手を特定できなくなるなど、様々な課題が指摘されています。
また、開示されるための要件として、投稿によって「権利を侵害されたことが明らかである」ことが必要とされています。単に権利侵害されたというのではなくて権利侵害が明らかであるということが必要ですので、これもまた被害者の負担が重いということになっています。
ただ、「権利を侵害されたことが明らかである」ことが必要とされる理由として、これが通信の秘密に関わってくるということがあるからです。
例えば、内部告発的な内容がSNSに書き込まれた場合、これに対して簡単に開示請求を認めてしまうと発信者は非常に大きな不利益を受けるため、このような書き込みが抑制されてしまうことになります。
開示請求の濫用にも注意しないといけないという中で、権利侵害の明白性ということが開示の要件になっており、今回の法改正の議論でも、この点が非常に大きなポイントとなり、難しかったところの一つです。
このことは、「発信者情報開示の在り方に関する研究会」のところでお話をします。(※次号に掲載)
3.ミュート、ブロックなどSNSの機能を使った対応
SNS上に用意された機能を使って、被害者が自衛することも可能ですが、誹謗中傷されていると知りながら、そのまま見ないではいられなくなるものです。
特定の個人からの誹謗中傷を直接目に触れないようにすることはできても、ミュートやブロックの機能が必ずしも有効な対策になる場合ばかりではありません。
匿名表現の自由についてお話します。さきほどの内部告発の例では、保護されているのは匿名で表現をする自由です。
匿名表現の自由については、「無責任を助長するのでないか」、「表現する以上は実名によるべきではないか」、「匿名表現の自由は表現の自由には及ばないのではないか」と様々な意見があります。
また、「匿名表現の自由は、手厚く保障する必要はなく、必要があれば匿名性を暴いても良いのではないか」という意見もあります。
匿名表現について、積極的な価値と、消極的な価値・弊害が、それぞれに言われています。
1.匿名表現の積極的な価値
・本音を言いやすくなり、望ましい表現や、価値の高い表現の保護に結びつく。
匿名でなければ萎縮するような表現を匿名性が確保されることで可能、または容易になる。内部告発のような場合。
・匿名表現の保障が民主政治を促進する。
内部告発を提示する唯一の手段が匿名表現だということもあって、民主主義の過程において貴重な役割を果たす。
・表現に伴い被りうる報復、脅迫等のリスクから表現者を保護する効果を有する。
匿名性が確保されれば、過去のものと矛盾する表現や、真の人格の反映とは異なる、個性またはイデオロギーに基づく表現も可能になる。
・表現内容のみによってその趣旨が受信者に理解されることを可能にする。
偏見等を排し、表現の社会的な責任の追及から表現者を解放する。
2.匿名表現の消極的な価値(弊害)
・ 思想等を同じくする匿名者同士のフォーラムを形成しやすくなる。
正しい思想の醸成よりも、異なる思想の排除に傾斜しがちになり、真理の探求を阻害する。
・ 匿名でないと行えないような不誠実な表現活動を可能にし、虚偽の情報を拡散させ得る。
・ ハラスメント、ストーキング、差別等の有害な行為を助長する。
・ 違法行為の強力な隠れ蓑として利用されるリスクがある。
・ 表現者の身元を追求するコストを増加させる。
と、要するに無責任に有害な発言をしやすくなるということが指摘されています。
3.匿名表現の自由
これを踏まえて、匿名表現の自由が、どのように考えられているのかというと、憲法学の学説上は、匿名表現の自由は表現の自由として保障される、憲法第21条で保障されるというのが一般的な考え方です。
最近の判例では、2020 年 1 月 17 日大阪市ヘイトスピーチ対処条例の合憲性に関する大阪地裁判決で「匿名による表現活動を行う自由は、憲法 21 条 1 項により保障されている」とされています。
今月号(5月)はここまでです。次号(6月)の後編では、総務省の「プラットフォームサービスに関する研究会」および「発信者情報開示の在り方に関する研究会」での取組についてお伝えします。
・1日~7日 憲法週間、3日 憲法記念日
昭和22年5月3日、「国民主権・基本的人権の尊重・平和主義」を3つの基本原則とする日本国憲法が施行されました。毎年、この日を中心とした5月1日から7日は「憲法週間」です。この期間に合わせ、憲法の精神や司法の機能に対する理解を促すため、全国の裁判所及び法務省の機関で、様々な行事が開催される予定です。
・5日~11日 児童福祉週間
すべての子供が家庭や地域において、豊かな愛情に包まれながら、夢と希望をもって、未来の担い手として、個性豊かに、たくましく育っていけるような環境・社会を作っていくことが重要です。厚生労働省では、毎年5月5日の「こどもの日」から1週間を「児童福祉週間」と定めて、子供の健やかな成長、子供や家庭を取り巻く環境について、国民全体で考えることを目的に、児童福祉の理念の一層の周知と子供を取り巻く諸問題に対する社会的関心の喚起を図っています。
・8日、9日 第2次世界大戦で命を失った人たちのための追悼と和解のための時間
平成16年(2004年)に国連総会はこの日を追悼と和解の日と指定すると宣言し、加盟国や国連諸機関、NGOなどに、ふさわしい形で祈念し、戦争でなくなった全ての人を追悼するよう要請しました。戦争を過去のものにしないために今一度振り返り平和について考えましょう。
・12日~18日 看護週間、12日 看護の日
これからの高齢化社会を支えて行くためには、国民一人一人が、ケアの心、看護の心を理解することが大切です。近代看護の基礎を築いたフローレンス・ナイチンゲールの誕生日にちなんで、毎年5月12日は「看護の日」と定められています。この日を含む看護週間を中心に、各媒体での看護に関する広報や関係行事が各地で行われます。※今年は新型コロナウイルス感染症が発生していることも踏まえ、例年と異なるイベントの規模や実施方法等が考えられます。
・12日 民生委員・児童委員の日
各地域で住民の相談や支援の担い手として活動する民生委員・児童委員は、全国で約23万人。この日から18日までの1週間を「活動強化週間」として積極的な活動を展開しています。
一人ひとりの人権を大切に、モラルを持って
インターネットを利用したいのだー!!