戦争なんか大キライ~学校にみる滋賀県民の戦争体験~
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戦争のあいだ、学校ではいろんなできごとがありました。
学校の運動場にイモ畑ができたり、講堂にたくさんの兵隊さんが泊まっていたり、学校に爆弾がおちてきたりしたこともありました。遠い南の島や海などの戦争でお父さんが亡くなった子どもたちもたくさんいました。
この本は、戦争中に滋賀県で起きたいろいろなできごとのうち、おもに小学校で起きたことをまとめたものです。
- 発行:平成14年3月
- ページ数:25ページ(B5版)
目次

- ロダン像のへこみ-爆撃された小学校-
- 寒い、しんどい、おなかがへった-戦争のころの小学校-
- ”ラ”の音が空襲警報のサイレンの音よ-小学校で教わったこと-
- 疎開のお友だち-滋賀県にやってきた大阪の子どもたち-
- 運動場のイモ畑-戦争と食べもの-
- 植木ばちが兵器にかわる!-焼きものの地雷と手榴弾-
- アメリカからおひなまつりを見にやってきた-青い目の人形の物語-
- 兵隊さんのお見送り-戦争に行った人びと-
- ねらわれた学校-飛行場に近い小学校-
- 消された教科書-終戦とその後のこと-
- 滋賀県と戦争
- しらべてみよう、滋賀県の戦争のこと

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訂正
14ページ-青い目の人形の物語ー
本の中では、青い目の人形は、大津市立平野小学校と甲賀市立甲南第二小学校に残されている2体だけとなっていますが、その後、日野町立日野小学校、彦根市立稲枝北小学校にも残されていたことが分かりました。
