戦争体験談・資料提供のお願い

滋賀県平和祈念館は、
県民の戦争体験を語り継ぎ、戦争の悲惨さや平和の尊さを学び、
平和を願う心を育むための拠点となる施設です。

3:地域社会と戦争 彦根の空襲体験

ここから本文です。

-琵琶湖を通過した爆撃機-
写真提供:彦根市/水野道子さん
彦根市/高居豊三さん
彦根市/角野重喜智さん

琵琶湖が大阪や名古屋を空襲する米軍爆撃機の目印

滋賀県には東京、大阪、名古屋のような大きな空襲はありませんでした。
しかし、大津市の東洋レーヨンやここに紹介する彦根のように、いくつかの工場や町などが空襲されています。
また、琵琶湖が大阪や名古屋を空襲する米軍爆撃機の目印になっていたため、多くの爆撃機が滋賀県の上空を通過していました
そのため空襲警報がたびたび出されました。そのたびに人々は防空壕や安全な場所に避難していました。
空襲は少なくても空襲への恐怖は、当時の多くの滋賀県民が体験していました

窓ガラスは爆風で吹き飛ばされたままの状態。
校舎には芋がつるされています。
(彦根市 水野道子さん提供)


終戦直後の福満国民学校(現在の彦根市立城南小学校)

(彦根市 角野重喜智さん提供)


彦根市田原町の水田から出てきた焼夷弾の筒

朝顔状に広がっています。
(彦根市 高居豊三さん提供)


高居豊三さんのお兄さんが芹川の河原で拾った機銃掃射の銃弾

 
 

展示室 展示案内