【雨音】
屋根瓦にあたる雨音が軽いときは、河川の増水で洪水の心配はないが、降り続く雨音が重く長く続くようなら、河川の増水と洪水被害が発生する。
【田上川改修】
かつての田上川(現、大戸川)は大きく蛇行していた。そのため度々水害が起こり、沿川の集落は大きな被害を受けていた。
1707年(宝永4年)、その蛇行していた箇所が改修され、田上川は大戸川へと改称された。
【集落移転】
かつて、田上の集落は田上川のすぐそばにあったため、田上川の氾濫の際には大きな被害を受けてきた。そのため、1600~1700年頃に高台へと移転した。牧町と同じように、周辺の集落でも被害を受けていたため、多くの集落が高台へと移転している。
撮影:滋賀県
【千石岩】
大戸川が大きく曲がっている場所に、大きな岩がある。その岩は千石岩と呼ばれ、この岩に水が当たることによって堤防の決壊を防ぎ、千石(2500俵)の米が助かることから、千石岩と呼ばれている。
撮影:滋賀県
【堤防を切る】
戸塚川は集落よりも高い所を流れており、氾濫すれば、集落が被害を受けるため、牧町では、戸塚川の氾濫の危険がある場合、集落を守るために堤防を切ってもよい場所が、3箇所決まっていた。これは集落内の共通認識となっており、堤防を切った人に対して文句を言わないという決まりもあった。
流れ出した水は、最終的には田んぼに流れ込むようになっていたが、3箇所のうち1箇所については、家のある場所に流れ着く。その家の門柱には切れ込みが入っており、堤防を切った際にはその門柱に板を挟み、家に水が入らないようにしていた。
【長沢川の特徴】
・長沢川は、過去200年程で9回決壊しているという記録が残っている。
・普段は、川にはほんの少ししか水が流れていないが、大雨が降ると一気に水が流れ込む。
【明治の水害】
明治29年の琵琶湖洪水では、家屋への被害はほとんど無かった。その事を考えると、先人達は水害の被害を受けない場所に集落を築いたのではないかと思う。
【南大萱の特徴】
水害も経験しているが、それと同時に干ばつに悩まされてきた歴史がある。水防と雨乞いの繰り返しであった。