農地が浸水している旧愛知川町内
写真:滋賀県所蔵
体験者の語り (昭和19年生まれ)
【愛知川の霞堤(かすみてい)の堰をふさいで、集落内の浸水を防ぐ】
34年の伊勢湾台風の時は、15才(中学生)だったと思う。風がきつくて、家の中に風が入ってきた。愛知川中流で堤防切れがあったようだが、直接に家が浸かるような浸水にはならなかった。
その理由は、愛知川からの水をさえぎるような堤防(かすみ堤)が、集落のまわりにあったから。その堤防は道路のところには切れ目があったが、堰でふさぐと集落内まで水はこなかった。ただ、堤防の一部がくずれ始めたので、土のうを積む作業に参加した記憶がある。
【昭和28年の台風13号の時は】
小学生だった。自分のところからは通学することができたが、他に水が浸いた(内水だと思う)集落があり、そこの子どもは翌日、学校に来ることができなかった。
宇曽川沿いの、それぞれの集落まで見に行った記憶がある。
当時、水害の時の情報を伝えるのは、お寺の鐘だった。「早鐘」がならされたが、場合によっては、鐘がなったが水はこないということで、後から苦情が出ることもあった。