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三成ゆかりの地めぐり

石田三成は近江国、つまりいまの滋賀県に生まれ育ち晩年には城も構えていました。そのため滋賀県には石田三成のゆかりの地が多くあり、いまでも三成の足跡を辿ることができます。ここでは三成の生きた時代の近江を感じることのできるスポットをご紹介します。

三成も眺めた琵琶湖の景色・佐和山城趾

佐和山城趾

「三成に過ぎたるものが2つあり、嶋の左近と佐和山の城」と詠われたほどの名城だったとされる佐和山城。彦根市の北部佐和山にあったこの城は5層の天守を構えていたとされていますが、内部は非常に質素なものであったという記録も残っています。三成亡き後、城の部材は井伊直政によって現在も残る国宝・彦根城に多くが転用され、現在では遺構のみが残っています。佐和山城址は、無料での入山が許可されており、彦根を見渡せるビュースポットです。

石田三成出生の地・石田町

石田町

三成が生まれ育った町は現在の滋賀県長浜市石田町。三成ファンにとっての聖地であり、多くの歴史愛好家が訪れます。石田町には、石田家の屋敷跡や一族の供養塔などが残っています。地元の方々は石田三成のことを「三成さん」と敬称をつけて呼んでおられ、いまも非常に愛しておられます。三献茶の逸話の舞台ではないかとされる観音寺もこの石田町のすぐ近くです。

三成について学ぶ・石田会館

石田会館

石田町の石田三成の生家跡に建てられ、三成の生い立ちやその生き様について様々な展示がされているのが石田会館です。地元の有志の方によるお話も聞くことができます。
また、秀吉の時代の長浜城の姿を復元した天守の中にある長浜城歴史博物館では、三成の主君豊臣秀吉についての展示を中心に三成の生きた時代の有り様を学ぶことができます。

秀吉との出会いの地・観音寺

観音寺

石田三成と羽柴(後の豊臣)秀吉の出会いの地とされるのが石田町からほど近い米原市朝日の観音寺です。
少年時代を寺の小姓として過ごしていた三成が、鷹狩りの帰りに立ち寄った長浜城主になってまもない秀吉に茶を献じて、「三椀の才」で見出されたという逸話「三献の茶」の舞台とされています。境内には三成がお茶の水を汲んだとされる古井戸も残っています。

三成の活躍が光った・賤ヶ岳古戦場

賤ヶ岳古戦場

織田信長の死後行われた清州会議ののち、信長にかわって天下取りを目指した羽柴秀吉と柴田勝家の直接対決となった「賤ヶ岳の戦い」の舞台が長浜市の「賤ヶ岳古戦場」です。
ここでの勝利が秀吉の天下人への道を決定づけました。三成はこの戦いにおいて諜報役を担い、大いに活躍しました。

関ヶ原の後、匿われた洞窟・大蛇の洞窟

大蛇の洞窟

関ヶ原の戦いのあと、敗走した三成は近江まで戻り母の故郷であったとされる長浜市木之本町古橋に匿われます。その時集落にある寺では見つかってしまうとの村民の進言により三成が隠れたとされるのが山中にあるこの「大蛇(おとち)の岩窟」です。村人によって必死に匿われた三成でしたが最後は田中吉政によって発見され、捕縛されてしまいました。(※危険が伴いますので単独での見学は控えてください。)

三成の供養碑がある・龍潭寺

龍潭寺

大きなだるまで有名な彦根市佐和山にある龍潭寺。三成の死後の彦根藩主井伊氏の菩提寺で、もとの井伊氏の領地にあった静岡県浜松市の龍潭寺から井伊直政によって分寺されたお寺です。井伊氏ゆかりのお寺ではありますが、境内には石田三成の供養碑があります。境内からは登山道が整備されていて佐和山城址へ登ることができます。

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