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石山寺第50世座主 鷲尾光遍師作「青鬼踊」の原稿が見つかりましたー琵琶湖文化館の未整理書類-

滋賀県では、令和9年度の開館を目指し(仮称)新・琵琶湖文化館の整備に向けて取り組んでいます。同時に、新しい文化館のあり方の参考とするため、琵琶湖文化館の歴史を物語る未整理の書類についても、順次調査研究を進めているところです。

そうした中でこのたび、石山寺第50世座主であった故・鷲尾光遍(わしお・こうへん)師が作成した「青鬼踊」の歌詞原稿を発見しました。「青鬼踊」は、石山寺で毎年5月に行われる青鬼まつりの中で、蛍の精と青鬼が酒を飲み交わして踊るもので、唄の作詞を光遍師が手掛けられました。長らく踊りは絶えていましたが、2019年の令和改元を祝って復活し、今年は5月15日に行われます。

昭和30年代ころの原稿ですが、鷲尾光遍師の自筆かどうかについては研究中で、なぜ琵琶湖文化館に残されていたのかも不明です。ただし鷲尾光遍師は昭和34年(1959)、滋賀県立琵琶湖文化館建設後援会発起人代表の一人となるなど、琵琶湖文化館の建設や初期の活動に積極的に関与しており、当館との親密な関係を背景に、伝えられたことも考えられます。

発見の経緯と内容

〇経緯

令和4年3月下旬

 ・琵琶湖文化館の歴史にかかる資料を調査中に、未整理の書類から発見

●内容

 ・表紙の法量 縦22.5×横17.6cm、表紙に「青鬼踊鷲尾光遍作詞」と記す。

 ・和紙5枚(5丁)の袋綴じ冊子。下記の通り一番から六番までの歌詞を縦書きに墨書。

 

一、降魔(ごうま)のすがたとなりたまふ

 朗(ろう)澄(ちょう)律師(りっし)の 青鬼は

 悪心くじき福徳を

 あたへ給ふもありがたや

二、あまたの人の螢見に

 こゝろひかれて青鬼も

 ごづめづ供に船いだし

 螢の宮へこぎつきぬ

三、螢の宮は奥ふかく

 樹々(きぎ)に螢の花さきて

 かゞやく光は不夜城の

 とてもよいとこよいながめ

四、螢の女王即(そく)昭(しょう)

 やさしき心のもてなしに

 心うかれて青鬼は

 かへるをわすれてのみあかす

五、螢の女王即昭に

 朗澄律師の青鬼が

 さずけ給ひし如意(にょい)の珠(たま)

 手にとり見るもうれしきや

六、如意の宝珠(ほうじゅ)のご利益(りやく)

 すがたいよいようつくしく

 おいどの光りもいやまして

 三十日(みそひ)のよはいもながくなる

 終

 

*朗律師(石山寺の学僧、1132~1209)

 平安時代後期から鎌倉時代初期にかけて活躍した、石山寺屈指の学僧。石山寺の経典や聖教(しょうぎょう=教学や法要などに関する学習ノート)の収集・保存に尽力し、自分の死後は鬼となって経典・聖教類を守ることを誓った。『石山寺縁起絵巻』巻六には鬼の姿となった朗澄律師が描かれている。「青鬼まつり」は律師の遺徳をしのぶために、毎年5月第3日曜日に開催される行事。

 

*鷲尾光遍(石山寺第50世座主、1879~1967)

 華族・三室戸和光の子として生まれ、石山寺で出家。大正8年に親戚筋の鷲尾家を継いで男爵を襲爵するとともに、石山寺座主に就任。勧修寺門跡などを務めて宗教界で重きをなすとともに、社会にも貢献した。

 

*滋賀県立琵琶湖文化館建設後援会発起人代表(全7名・肩書は当時)

 鷲尾光遍、服部岩吉(元県知事)、岩永巖(東洋レーヨン副社長)、北村孝治郎(滋賀銀行頭取)、

  小菅宇一郎(伊藤忠商事会長)、山岡孫吉(ヤンマーディーゼル社長)、若村源左衛門(日野町長)

展示の予定(石山寺豊浄殿にて)

・会期:令和4年5月14日(土)~6月30日(木)

・会場:大本山石山寺(大津市石山寺一丁目1-1)豊浄殿

 *観覧には入山料(一般600円)とは別に豊浄殿入館料(一般300円)が必要です。

 公開時間:10:00~16:00(入館15:45まで)

お問い合わせ
文化スポーツ部 文化財保護課 美術工芸・民俗係
電話番号:077-528-4672
FAX番号:077-528-4956
メールアドレス:inoue-masaru@pref.shiga.lg.jp
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