滋賀県教育委員会発行の保護者向け情報誌「教育しが」に掲載しています。
私が娘の「上靴洗い」をするようになったのは、娘が幼稚園に通い始めたことがきっかけです。「仕事がいそがしいことを言い訳に、子どものことをほとんど妻に任せてきた自分に、何かできることはないか」「子どもの靴のサイズぐらいは知っておきたい」と考え、週末に自主的に洗うようになりました。
小学一年生になった娘が、ある日、「友だちは自分で洗っているって。少し恥ずかしくなった。」と言いました。娘と相談し、翌週から一緒に片方ずつ上靴を洗えるようブラシを二つ準備し、どちらが綺麗になったかを見せ合いながら、洗うことにしました。ほんのわずかな時間ですが、この時間に娘とゆっくり話をしようと思いました。
一・ニ年生の間は、勉強や先生、友だちのことなど、自分からどんどん話してくれていました。しかし、学年が上がるにつれて、娘から話し始めることが減ったので、会話が広がるようにとの思いで、「今週は何かあった?」「今はどんな学習(遊び)をしているの?」と、こちらから質問するようにしました。
ある日、娘が自分から友だちとのことを話し始めた際に、「でも…」と口を挟んで話を遮り、自分の考えを話してしまいました。すると、娘は黙ったまま、上靴を洗い終えると自分の部屋へ閉じこもってしまいました。
後日、娘が「お父さんに話そうと思う前に質問されたり、でも…って話を遮って意見されたりするのが嫌だ。」と妻に話していたことを聞き、独りよがりだったと反省しました。そして、「上靴洗い」の時間は、娘のペースで話したいことを話す時間にすること、私が伝えたいことがある時は、別の機会に話すことを娘と約束しました。
上靴を洗いながらなので、会話が続かなくても過ごせましたし、たくさん話したいことがある時は、そのまま散歩や買い物に行きながら話の続きを聴きました。
娘が中学生になると、上靴を持ち帰る機会は減りました。その代わりに、塾から家までの車の中で一緒に過ごす時間が、娘の話を聴く時間になりました。時には、成績や受験、スマホの使い方で、お互いの考えがぶつかることもありましたが、まずは娘の思いを聴くことを大切にしました。
思春期になると会話がなくなるのではと心配していたのですが、高校生になった今でも、学校や友だちのことを時々、自分の話したいタイミングで話をしてくれます。
これからも、子どもの思いを聴く時間を短時間でも大切にしたいと思っています。